オルタナティブ・ブログ > 杉並区「入れ歯専門の歯医者さん」今日の出来事 >

「入れ歯専門の歯医者」が実際の症例と治療、治療に対する考え方を紹介する記事を中心に書いていきます。

難攻不落の劔岳のふもとの石碑に刻まれた心を揺さぶる言葉

»

高橋大輔といえばフィギュアスケートの選手の顔が浮かんでくると思いますが、今回は世界各地、そして日本全国の神話、伝説、昔話などが伝わる場所を訪れ、現地調査をしてフィクションとノン・フィクションの接点を求める旅を重ねている「物語を旅する探検家」の高橋大輔氏の本を読んでみました。

ロビンソン・クルーソーのモデルとなった人物の住居跡を世界で初めて発見して注目された方です。

私が手にした高橋氏の著書「剱岳 線の記」はまるでミステリーを読んでいるかのような面白さにグイグイ引きこまれました。とくに剱岳にまつわる最大の謎の解明に挑む姿勢が素晴らしい。

富山県の飛騨山脈北部の立山連峰にある標高 2,999 m の剱岳はあまりの険しさゆえに明治時代に入っても人跡未踏といわれていました。

初登頂は明治40年7月に日本地図を完成させるために登った日本陸軍陸地測量部の柴崎芳太郎たちになるはずだった。

ところが命がけで登ってみると山頂には平安時代のものと思われる錫杖頭(しゃくじょうとう)と鉄剣が残っていました。

当時の装備を考えるとクライマーにとっての憧れの山でもある剱岳の現在のルートは考えにくい。

足場の悪い急傾斜のガレ場が多く、鎖やハシゴなどを使い断崖絶壁を登らなければならず、ベテランクライマーでも苦戦を強いられるほど難しいコースです。

当時はまだ登山道もなく、装備も貧弱であろう1000年以上も前に、一体だれがどのルートから登頂したのだろうか。

このミステリーを解明しようと高橋氏はメインルート以外のルートを探すための登頂を決意します。

それも鎖などは使わずに1000年前と同じように自分の体だけで。

しかし高橋氏は登山家ではないので、映画『劒岳 点の記』の撮影で山岳監督務めた多賀谷治氏に同行をお願いします。

そして調査が始まった。

登山初心者の著者が休んで水を飲み始めると多賀谷氏からすぐに注意を受けました。水を飲みすぎると汗をかくから良くないと。

斜面をほふく前進で進む難コースにもかかわらず多賀谷氏は汗ひとつかいていません。
汗をかくと体力が奪われ、衣服を濡らすことで体温を下げます。山登りの達人と素人は発汗量でわかるそうです。

私は読みながら、歯科医師になったばかりの新人のころを思い出していました。

最近はだいぶ減りましたが、入れ歯がうまく合わない、歯がうまく抜けないなど困難なことがあると診療後に汗で下着がビショビショになります。

だから新人のころは替えの下着を毎日職場に持って行っていました。

達人の多賀谷氏は山道で決して転ばない、決してケアレスミスをしない、完璧な登り、下りがあると書かれています。

そう考えると入れ歯治療とは登山に似たところがあると気づいたのです。

治療の工程ひとつひとつに完璧が要求されます。ひとつ手を抜いたり間違えたりすると待っているのは失敗、滑落です。

ときに多賀谷氏は手厳しい。
しかしその厳しさこそ彼が劔岳で学んだことでした。

「劔岳ってどんな存在ですか」

著者の質問に対し多賀谷氏は「怖い親父って感じだネ。登るんだって、なんかごしゃかれにいく(叱られにいく)みたいなとこがあるよね」と答えています。
そんな多賀谷氏が著者の目にはまるで人間劔岳のように映ったとありました。

そこも深く納得です。

思い起こすと確かに、入れ歯の治療をして患者さんに「どうですか」と聞くときに私はいつも親父にご機嫌をうかがうような気分になります。

女性の患者さんだと貴婦人にご機嫌をうかがうといったところでしょうか。

治療後に「あっ、大丈夫です。調子いいです」と言ってくださると、ひとまずホッとするのです。

「俺さまが治療したんだから調子よくて当然じゃ!」

などとは口がさけても言えません。

そんな傲慢な気持ちで治療にあたるのは、登山で言えば急斜面を軽々しくスキップで通り過ぎるようなもの。

どのような結果になるかは言うまでもないでしょう。

今後も初心を忘れず、常に「親父にごしゃかれにいく」ような慎重な入れ歯治療をしたいと思います。

これこそケアレスミスを避け、雪崩れや滑落などの致命的な事故を防ぐために必要な心構えなのだと多賀谷氏から教えられました。

明治40年、前人未到と思われていた劔岳に向かう日本陸軍参謀本部の柴崎芳太郎は「国家のため、死を賭(と)しても目的を達せねばならぬ訳であります」と決意を綴っています。

歯科の保険治療は公的な国家事業です。
なので「歯科医師は患者さんのため、死を賭しても治療を達せねばならぬ訳であります」となるのですが ......。

とはいえ人間劔岳に程遠い私には柴崎芳太郎のような「入れ歯のため、死を賭する」ほどの決意はまだできません。大変申し訳ありません。

平安時代の日本は遣隋使、遣唐使を通じて外国の文化を積極的に取り入れて近代化を進めた時代です。当時の劔岳登山は外国から入った仏教を通じて日本を文明国へと変える国家事業であったと推測されています。

明治時代の劔岳登山は正確な地形図測量のために行われました。
それは国を開き近代化を進める国家事業でした。

現代の私たちも平安時代や明治時代に負けないくらいの激動の時代を生きています。
歯科の保険治療は、従来の常識や前例が通用しない現代の公的な国家事業です。
時代が大きく変わっても、これまで通り多くの患者さんを助けたい。

難攻不落の劔岳のような困難を乗り越えて治療の頂に登る。

そのために必要な技術と心構えを、入れ歯治療を通じて身に付けるために、これからも精進していきます。

劔岳のふもと、早月尾根登山口に立つ石碑にはこう刻まれています。

「試練と憧れ」

私にとって入れ歯治療とは一生かけて追求する「試練と憧れ」なのです。

剱岳、試練と憧れ.png

参考文献:http://takaoka.zening.info/Tateyama/Hiking/Tsurugidake/Banbajima_Trailhead.htm

西荻窪 いとう歯科医院 ホームページhttps://www.ireba-ito.com

Comment(0)