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■ なぜ「患者様」と呼ぶのは、おかしいのか?

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西荻窪 いとう歯科医院 の伊藤高史です。

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■患者さんじゃなくて。患者様と呼べ!

むかし、ある歯科医院で勤務医をしていたときの話です。
院長先生は「患者さんじゃなくて。患者様と呼べ!」とスタッフに命じていました。
ところが「おい早く患者を入れろよ」と指示を出す院長先生はいつも自室のイスでふんぞり返っていました。
そうやって少しずつ「患者様」という言葉への良くないイメージが自分の中に刷りこまれていきました。

あれから10年以上も経っているのに、その言葉に対する違和感がぬぐえない。
それが最近になってやっと「ああ、そうか。だから患者様という言葉は、おかしいんだ」と自分なりの解答を得ました。
ヒントとなったのは医学部で出題された面接試験の話です。

面接官が「医師-患者間の関係についてどう思うか?」と質問したのにに対して受験生は「お医者様」「患者様」と様づけするのはおかしいと答えます。
面接官からすかさず「デパートのお客様とは違うの?」と突っ込まれる。
受験生は合格したものの、この質問には答えられなかった。

考えてみれば40歳をすぎた私は歯科医師として毎日診療している中で、今まで「病院の患者」と「デパートのお客様」の違いを説明できませんでした。
だからお医者さんの卵に対して偉そうなことは言えないものです。

「患者」と「お客様」は違う。

確かに違います。
では何が違うか。

デパートの「店員」と「お客様」との関係は物を「売る」「買う」で終わりです。
その場で完結した「点」の関係。
一方、医師と患者の関係は「点」と「点」をつないだ「線」の関係です。

デパートの「店員」と「お客様」の関係は「点の関係」。
歯科医院の「医師」と「患者」の関係は「線の関係」これがデパートのお客様との違いです。

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■毎日「点鼻薬を10個ください」

個人的な話で恐縮ですが、先日、耳の奥が化膿する病気になってしまいました。
小学生のころから中耳炎になりやすかったので専門医に相談に行きました。
耳にたまった膿を吸い取り、点耳薬を処方してもらい、その日から朝と夜の2回、耳の穴に薬を指して回復の具合を観察するため週に3回ほど通いました。

膿がなくなって鼓膜が見えるまで回復するのに2週間。
急性症状は治ったものの鼓膜がへこんでいて左右で聴力が違うと思われるから大学病院で詳しく検査したほうがいい、と医師が薦めるので紹介状を書いてもらいました。

これはどこにでもある「医師」と「患者」の関係です。
ただ、これだけでもデパートでのやりとりとは違います。
一方「店員」と「お客」の場合ですが、学生時代に食品店でアルバイトをしていた時代に、こんなことがありました。

そのお客さんは、油あげを毎日10袋買いに来ます。
私はそれを見ても「ああ、飲食店を営んでいて、そこで使うのかな」くらいのことは思いましたが、
それ以上は何も考えませんし、もちろんお客さんにも何も言いません。

ただ実は、もしかしたらそのお客さんは毎日油あげ10袋を自分で食べていたのかもしれない。
すごく不健康です。でも食品店の店員と客の関係は、油あげ10袋を「売る」「買う」で終わりです。
10日間デパートに毎日買い物に行ったとしても「売る」「買う」で終わる完結した「点」が10個あるだけ。
だから食品店の店員が客の背景を考慮する必要はありません。

これが医師と患者の関係だと少し困ったことが起こります。
たとえば私が耳鼻科に毎日通って「点耳薬10個くれ」「点耳薬10個くれ」「点耳薬10個くれ」と言ったら医師は全力で止めるはず
「いや、ちょっとそれ、おかしい ですよ」って。

連日「点耳薬10個」と言われると医師の立場としては、とても困ります。
なぜ困るのかというと週3回耳鼻科に通って「診療」「診療」「診療」という点のつながりでできた「線」が明らかに間違った方向を向いてしまうからです。

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■ 「点」ではなく「線」の上を一緒に歩いていく

医師と患者の関係は点耳薬10個を「売る」「買う」で終わるという「点」の関係ではありません。

医師と患者とは
・情報提供しあって
・お互いに納得して
・同じ方向を向いて
患者と一緒に同じ「線」の上を歩いていく。

この「線」は
・医学的、科学的に妥当性がある。
・患者のこれまで生きてきた背景、歴史から患者の気持ちに寄り添っている。
そんな「線」を描くことが医学には要求されるということです。

このことが、専門用語にはなりますがEBMおよびNBMに基づいた医師と患者の関係と自分は考えました。

※ EBM(Evidence-based Medicine)

良心的に、明確に、分別を持って最新最良の医学知見を用いるエビデンスに基づく医療。

※ NBM(Narrative-based Medicine)ナラティブ・ベイスト・メディスン

物語に基づいた医療。「ナラティブ」は「物語」と訳される。

患者が対話を通じて語る病気になった理由や経緯、病気について今どのように考えているかなどの「物語」から、医師は病気の背景や人間関係を理解して患者の抱えている問題に対し全人的(身体的、精神・心理的、社会的)にアプローチしようとする臨床手法。

では「医師-患者間の関係」は「デパートの店員と客」ではなく何にたとえると、良いのか。
それは「夫婦」の関係です。

・お互いに幸せになるためにはどうしようか
・一緒にどんな家庭を築いていくか
・こどもは、こうする
・家はああする
・仕事をどうする

そんな目標を決めて互いに納得して、同じ方向を向いて「線」の上を一緒に歩いていく。
夫婦とは、そういう間柄ですよね。

先日受診した耳鼻科で、膿がなくなったのを確認した医師が「おお、治ってきたね」とおっしゃってくださいました。
お忙しいからか、いつもは無表情な感じなのですが、その時は一瞬笑顔になっていました。
私も歯科治療が上手くいくと素直にうれしいですし、耳鼻科の医師も幸せなのでしょう。

患者も幸せ、医師も幸せ。
「お互いに幸せになるためには、どうしたらいいか」医師は常にそう考えています。

そのために
・一緒にどんな治療方針でいくのか
・薬は、こうする
・診断はああする
・手術はどうする

そう目標を決めて互いに納得して、同じ方向を向いて「線」の上を一緒に歩いていく。
医師と患者さんとは、そういう間柄です。

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■ 患者さんに「お客様ご来店~♪」って言いますか?

話は戻りますが、もし夫婦の間に一方的な身分の違いがあったらやりにくくてしょうがないはずです。

夫:玄関の戸を開ける。ガラッ。 「今帰ったぞ!」
妻:三つ指ついて正座して首を垂れて出迎える。
「おかえりなさいませ、ご主人様」

うーん、男の夢ではあるものの今時こんな夫婦いません。

男女の関係でたとえるならば夫婦以外で「今帰ったぞ!」「おかえりなさいませ、ご主人様」が成り立つ世界があります。
女性が男性を接待する店、いわゆるキャバクラや、逆を行なうホストクラブなどは、そういう世界です。
「お客様ご来店~♪」などと言って、ひたすらかしずく。キャバクラやホストクラブはそれで成立します。

なぜならサービス、接待、楽しいひととき、若くてカワイイ子とおしゃべりする。
そのような男女の対話というサービスを「売る」「買う」で完結した「点」の世界だからです。

毎日ドンペリをボトルキープしてお酒ガパガパ飲むのは、お金の無駄使いだし不健康とは思いますが店はそんなことを気にしません。
「売る」「買う」で完結する「点」の世界だからです。

同じことを夫婦でやったら困ります。
私がドンペリ毎日買ってきてガパガパ飲み始めたら妻は全力で止めるはず「いや、ちょっとそれ、おかしいでしょ」って。
夫婦で描く「線」が明らかに間違った方向を向いてしまうからです。

医師が「患者様」と言ってしまうのは、患者さんに「おかえりなさいませ、ご主人様」「お客様ご来店~♪」と言うに等しい。
長い「線」の付き合いになるのに、そんな身分の上下があったら医師も患者もやりにくくてしょうがない。
だから「患者様」と呼ぶことに違和感を覚えていた理由に思い至りました。

私は妻に対して普通に「○○さん」と名前で呼びます。
同様に患者さんに対しても普通に「○○さん」と苗字で呼びます。
それが違和感なく自然だからです。

そう考えると冒頭でご紹介した面接試験は医学部にふさわしい難問とわかります。
独身者が大半であろう受験生が「夫婦の関係」を引き合いに出すのは難しいし、ましてキャバクラの話など持ち出したら、たぶん不合格になっちゃいます。
他にそのような「点の関係」と「線の関係」の違いを説明する方法があるのかもしれませんが私は思いつきませんでした。

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■医療は、客単価を増やす商売とは本質が違います

ちなみになぜデパートやキャバクラが「お客様」と言ってかしずくのか。
答えは簡単。過当競争だから。
日本中に同じような物や同じようなサービスがあふれかえっていてライバル店がたくさんあるからです。

どうせ完結した「点」の関係ならば1回の来店で高額の物を買ってもらおうとするのは当然のこと。
客単価を増やすには、どうするか。
それを考えるのが商売というものです。

歯医者は「コンビニより多い」と言われるように過当競争の時代です。
今通っている歯医者が気に入らなかったら他の選択肢はいくらでもある。

この「患者様」が次回はいつ来るか分からない。
他の歯医者に行っちゃうかもしれない。
今月も借金、家賃、人件費がかなり厳しいし。

「患者様」と呼ぶ歯医者がそう考えて、どうせそんな完結した「点」の関係だからと、キャバクラが高額のボトルキープをさせて大金払わせるかのように、自費の高額治療を強引に勧めて患者に大金払わせようとの魂胆がある......。

などと言うつもりはありません。
そんなこと言うつもりはないんですよ。
なぜなら「お客様」と呼ぶ店でもおおむね良心的な商売をしているだろうと思われるからです。

「患者様」の言い方が広まった経緯は私も少し調べました。
患者さんを大事にしようという気持ちは理解できます。
だから他の医師、歯科医師、医療関係者、団体、関係省庁等が「患者様」と呼ぶことを否定はしません。

ただ医師と患者が互いに理解しあって納得して、
一緒に幸せな長い「線」を描いていく医療を行なうつもりならば
「患者様」という呼び方は、そぐわないと考えます。

◆参考文献 ・わが子を医学部に入れる 小林公夫著 祥伝社
・根拠に基づく医療/https://ja.wikipedia.org/wiki/
・物語と対話による医療/http://www.c-mei.jp/BackNum/015r.htm)

西荻窪 いとう歯科医院 ホームページhttps://www.ireba-ito.com

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