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「神は死んだ」

二十一世紀に生きる自分がこの文字をパソコン上で打つのも少し手が震えます。
さすがに抵抗感があるものです。
人々がもっと信心深かった十九世紀にこんな発言をするのは、さぞかし衝撃的だったことでしょう。

刺激に満ちた独特の言葉が有名な哲学者ニーチェ。
その思想は没後百年以上が経ったいまも多くの人に親しまれ、人生の示唆を与え続けています。
代表作のひとつ「ツァラトゥストラはかく語りき」父の本棚に入っていたのを学生の頃に手にしたことがありました。

で、感想は「ワケがわからん」でした。
難しい文章を読むと数分で脳の活動がフリーズし自動的にまぶたがシャットダウン。
いまだに読解力のあやしい私が、学生のころに読んでも、もちろん歯が立つものではありません。
しかし最近そのニーチェについて書かれた論評を読んだおかげで自分なりに多少ですが理解できる部分がありました。

ニーチェの生きた十九世紀のヨーロッパと今の日本は時代や社会、文化があまりに違うので和訳を読んでも真意がつかみづらい面があります。
この「神は死んだ」の言葉もそうです。ニーチェは決して神そのものを否定したのではありません。

当時のヨーロッパの教会は、今とはくらべものにならないくらい、独裁政権と言っていいくらい大きな力を持っていました。
しかし人々がひれ伏しているその教会が実は金権主義になり醜い権力争いが激しくなったことで、その権威は形骸化し地に堕ちていました。
ニーチェはそんな教会の欺瞞に対して怒りをぶつけたのです。
「神は死んだ」この言葉が、時と国境を越えて今の私たちに警鐘を鳴らしている。本ではそう論評されていました。

今の日本には、当時のヨーロッパみたいに聖書の教えに則って生きている人は多くないのでしょうが、その代わり多種多様な情報があふれ、様々なものを盲信し、無意識のうちに振り回されて自分を見失っているのかも知れません。
たとえばテレビやネットを騒がしているフェイクニュースです。
エビデンス無視で逆に健康を害する可能性もあるあやしい医療健康情報や、巧妙に強権化する政治システムなど「神」に代わるものが次々と主にスマホ経由でもたらされます。

歯科の世界にも同じように誤った情報が入り乱れています。
たとえば自費治療に関する情報にしても、入れ歯がいらない、夢のように良くなる、一生大丈夫など、誇大広告と思えるような派手な宣伝を多く目にするようになりました。
こうした情報の広がりにともないデメリットやトラブルの話も増えています。

一時期マスコミで画期的な治療法として頻繁に紹介されていたインプラントですが、歯科医師の間では「インプラントなら何だって治る」「どんな願いもかなう」「一生安心な夢の治療方法だ」と本気で信じている人はまずいないと思ってください。
インプラントは新時代の治療法としてもてはやされた高額な自費治療のひとつですが、治療後に多くの問題を抱え、トラブルが続出し、その権威はかなりあやしくなっています。
また数々のきらびやかな肩書きもすでに形骸化しています。「自費治療の神は死んだ」それが現在の歯科の世界なのです。

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とはいえ、ここで高額なすべての自費治療を否定するつもりはありません。
あえて自費治療を選ばなくても日本には素晴らしい医療制度があります。
1958年の国民健康保険法の制定により1961年から全国の市町村で健康保険事業が開始され国民皆保険制度がスタートしました。

この保険治療が成立した当時は「健康保険証を有することで、いつでもどこでも誰でもが医療を受けることができる」日本が世界に誇る夢のような医療制度でした。
しかし国際的に見ても遜色のない医療を、しかも低い国民負担で実施している医療制度ですが、不足する財源を赤字国債で補いながら維持しているのが現状です。
すでに年々自己負担額を上げざるを得ない状況になっています。
保険で行える治療の範囲が年々厳しくなり、指定された保険治療の治療に、従来なら保険でできたこの治療ができれば患者さんの負担も少なく、効果も期待できるのに、保険適応から外されてしまったために高額治療になってしまうケースも増えています。
しかも、医学的エビデンスもない、理由のよくわからないルールで医師の治療行為を縛りつける傾向が見られます。

保険治療だけでは医院の継続ができない状況に追い込まれ、高額な自費治療で経営の危機を乗り越えようとしている歯科医師もいます。
こうした現状を踏まえ、財政破綻している医療体制を指して「保険治療の神は死んだ」と指摘する人がいたとしても不思議ではありません。

インプラントのような高額な治療は、施術後に多くの問題を抱えるようになり「自費治療の神は死んだ」と言われ、一方、患者さんの負担が少ない保険治療は適応範囲がどんどん狭くなり「保険治療の神も死んだ」と言われています。
それではいったいどんな歯科医師、歯科治療を選べば良いのでしょうか。

ニーチェは「一切の神々は死んだ」と宣言し、その衝撃的な発言の後に「いまや我らは、超人が生きんことを願う」と続けています。どうやら答えはここにありそうです。
ニーチェが示す「神に依存せず自立して生きる超人の出現」に期待するしかない。

教会を批判するとともに、教会の権威に屈服しその教えに盲従する人々に対して「周りの声に振り回されるな」「己の信念に基づいて人生を進め」そう訴えかけました。
実はニーチェの言動を拾い上げていくと、体の不調、孤独、失恋、精神疾患など、人生におけるどん底とも思える時期が多く、悲惨な最期へとつながっていきます。

しっかりと真意を読み取っていなかった当時の私はそんなニーチェに対して、やる気のない、ネガティブで、後ろ向きなイメージを持っていました。しかしそうではなかった。
自分を縛る常識や権威にとらわれず、明るく力強く、自分を肯定して生きる道を説いているとわかりました。
ではニーチェが示す、周りに振り回されず、自分の足で歩み、何事も肯定的にとらえ、明るく力強い「超人」になるにはいったいどうすれば良いのでしょうか。

この問いに対するニーチェの回答は明快でした。
「お前の立つところを深く掘り下げよ、その下に必ず泉がある!」と教えています。
明治時代の評論家、高山樗牛(たかやまちょぎゅう)の翻訳で有名になったニーチェの名著「悦ばしき知識」に収められているこの言葉は多くの人々の心を鼓舞してきました。

「神が死んだ」医療体制の中で、患者さんはどんな歯科治療を受ければいいのでしょうか。どうやって自分の立つところを深く掘り下げればいいのでしょうか。

歯科の話と離れますが、ひとつの提案をさせてください。

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数年前、他界した父から「いとう歯科医院」の相続の手続きを済ませました。
あのとき、良心的で優秀な税理士の先生と出会っています。

駅から少し歩いた雑居ビルにある事務所から出てきたのは朴訥とした雰囲気のY先生です。

しかし初めて先生を前にして私は不安でした。
なぜなら行きがけに寄り道したコンビニに置いてある週刊誌の見出しで見かけた、相続に関するおどろおどろしいタイトルが頭の中でグルグル回っていたからです。いわく
「土地も家もすべて失った」
「億単位の督促状を突きつけられた」
「身内とのドロドロの争続で一家離散した」

まるで死刑宣告を受けにいく気分だったのですが「伊藤さんくらいの相続は普通です。
控除とか色々あるから大丈夫ですよ」静かに語る先生のやさしい微笑みにホッと胸をなでおろしました。

お話を聞くうちに心の中でどんよりしていた鉛色の重たい雲が消え去って、一気に快晴になったあの気分を今でもハッキリ覚えています。
結果は土地も家も失わず、億単位の支払いもなく一家離散もせず相続を乗り超えることができました。

事務所に何回か通ってアドバイスを受けたり書類のやりとりをしたりしていて、ふと感じたことがあります。

もし自分が歯科医師でなく税理士になっていたとしたらY先生のような税理士になりたいなあという気持ちです。
実際に会った人に対してそんなふうに思うのは初めての体験でした。

私もY先生のようになれるだろうか。
患者さんの鉛色の重たい雲を消し去って一気に快晴にする、あのやさしい微笑みを身につけたいと思ったのです。

歯科大学を卒業して、実家の歯科医院で治療を始めるまでの間に、いくつかの医院で勤務したことがあります。

卒業後に新人として就職した公務員病院で内部抗争に明け暮れていた上司たち。
都心で借金まみれの無理な拡大経営をしていたクリニックの理事長。
○○式治療と自分の名を冠した治療法を考案するのが好きでスタッフへのパワハラが目立った野心家の院長など。

これまでに出会ってきたこうした先生みたいにはなりたくないと思っています。

では私がなりたい歯科医師の姿とは......。

結局、祖父や父の姿がなりたい歯科医師のイメージとして浮かんできます。
イメージと現状が一致しているからこそ、こうして実家の歯科医院で長く治療を続けているのでしょう。

髪の毛がだんだん薄くなるところまでイメージできてしまうのは困るのですが。

こうして税理士の先生をきっかけとして、これまでに出会ってきた人たちを振り返り、歯科医師としての私自身について掘り下げることになりました。

では、患者さんがご自身の立場で掘り下げるとどうなるのでしょうか。

制約を強化する方向に変化し続けている医療体制は患者さんにとっていい状況に向かっているとは言いきれないのが現状です。
こうした状況の中であなたが歯科医師を探すとしたら「もしも私が歯科医師になるとしたら」という視点でホームページに載っている情報を調べて「この先生のようになりたい」と思えるかどうかが選び方のひとつになりそうです。

超人になるための方法とイコールとはなりませんが、あなた自身が立っているところを深く掘り下げて、自分に合った、長く通える歯科医師を見つけるひとつの参考になれば幸いです。

「こんな先生になりたい」と思える歯科医が、保険治療ではなく、自費の歯科治療を行う先生にたどり着いたとしたら、たとえどんなに高額の治療費を支払ったとしても、支払った金額の何倍もの幸せをもたらしてくれることでしょう。

一方、もし高額の自費治療ではなく、負担のかからない範囲で行う保険治療を推薦している当医院にたどり着いたとしたら......。
まだまだ「超人」には程遠い私ではありますが、自費治療に勝る保険治療を提供できるように精いっぱい努力いたします。

参考文献:「月刊致知」2021年6月号、致知出版
・「ツァラトゥストラはこう言った」ニーチェ著、氷上英廣訳、岩波文庫
・「悦ばしき知識」ニーチェ全集、信太正三著、ちくま学芸文庫
・「長寿社会における国民皆保険制度と歯科医療・口腔保健の新たな展開」
深井穫博Health Science and Health Care 14(1):18−26,2014
ヘルスサイエンス・ヘルスケア Volume 14,No.1:18−26(2014)
https://www.fihs.org/volume14_1/articles3.pdf

いとう歯科医院ホームページhttps://www.ireba-ito.com

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