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Facebookに「よくないね!」ボタンが必要無い理由

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Dislile

注目エントリーで目に留まった、川月さんが書かれたエントリー”フェイスブックの「いいね!」ボタンの機能分化現象に関する考察”に触発されて、少しFacebookの「よくないね!」ボタンについて。


結論から言うと、不要 です。

同様に、「いまいち!」ボタンとか、「どうでもいいね!」ボタンも。


Facebookをはじめたばかりの人と話していると、世の中「いいね!」ばかりじゃないんだから「よくないね!」ボタンがあったほうがいいのにという意見をよく聞きます。また、ヘビーユーザーの中には、アドオンで「よくないね!」ボタンを追加して遊ぶというケースもあるようですが、まあ遊びはともかく、安易にネガティブな反応を助長する機能が必要だとは思えません。

これは、ソーシャルメディアにおけるコミュニケーション、そもそもソーシャルメディアの”ソーシャル”が何を意味するかを考えると必然的に導かれるのではないでしょうか。

また、Facebookの中でどのように振舞うべきか、ということともつながっています。
ソーシャルメディアの中でもFacebookでは実名が原則であり、Facebook上での人格、友達など他社との関わりは現実社会と基本的には同じはずです。

そう考えると、友達同士で集まってお話している時に誰かの発言に対して、ただ一言「よくないね!」とだけ言い残して立ち去るなんていうシーンがあるでしょうか?
”大変だね”と心配するにせよ、”その意見は間違ってると思うよ”と反論するにせよ、なんらか言葉を尽くすはず。

さらに、「よくないね!」がたくさんカウントされたエントリーが魅力的であるとも思えません。


私は、「いいね!」しかない今のFacebookが、結果として建設的な会話のスパイラルを生み、よくない話に対してはコメントで言葉をつくして適切な理解につなげる、というとてもよくできた仕組みだと考えています。

Facebookが将来に渡って「よくないね!」ボタンを付けないとは言い切れませんが、半ば実社会と表裏一体のようになりつつあるソーシャルなFacebook社会を実現した思想がプラス向きだとすれば、可能性は低いのではないでしょうか。


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余談

「見たよ!」ボタンがあったほうがいいかどうか?について。
これもいらないと思います。
「よくないね!」ボタンほど積極的に不要というわけではないですが、あまり意味がない(何かにつながるキッカケにならない)ですから。
似たようなものとしては、アメブロのペタがありますが、何か有効に機能しているような気がしないので。

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