能ある鷹は爪を隠す?~日本と欧米のことわざに見る「実力の示し方」

日本には
「能ある鷹は爪を隠す」
という、よく知られたことわざがあります。
本当に力のある者ほど、自分の能力をひけらかさない。
この言葉に、日本的な価値観を感じる方も多いのではないでしょうか。
では、自己アピール全開に見える欧米には、
同じような意味を持つことわざはないのかというと、実はあります。
ただし、そこには国ごとの違いがはっきり表れています。
日本のことわざ「能ある鷹は爪を隠す」
まず、日本のことわざから見てみます。
この言葉は、
江戸時代以前から使われてきた日本固有の表現とされます。
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実力は軽々しく見せるものではない
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自慢は品位を下げる
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本物は自然と伝わる
日本社会では長く、
同じ共同体の中で人を見続ける文化がありました。
そのため、
語らなくても評価される
控えめであることが成熟とされる
という価値観が成立していたのです。
欧米にも似たことわざはある
一方、欧米にも似た意味のことわざがありますが、
実は出自となる国によってニュアンスが異なります。
イギリスのことわざ
・Still waters run deep
(静かな水ほど深く流れている)
この言葉は、
中世イングランドに起源を持つ英国のことわざです。
意味は、
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物静かな人ほど内面が深い
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多くを語らない人ほど思慮深い
日本の感覚にかなり近い印象がありますが、
英国の場合は
「隠していても、観察され、見抜かれる」
という前提が含まれています。
また、次のようなことわざもあります。
・Empty vessels make the most noise
(空っぽの器ほど大きな音を立てる)
これも16世紀頃のイングランドに由来する表現です。
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中身のない人ほど騒がしい
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本当に賢い人は静か
という、やや皮肉の効いた言い回しで、
日本の「能ある鷹」よりも辛辣な印象があります。
アメリカのことわざ的表現
・Speak softly and carry a big stick
(穏やかに話せ。だが大きな棒を持て)
これは20世紀初頭のアメリカで広まった言葉で、
セオドア・ルーズベルト大統領の発言として有名です。
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態度は穏やかでよい
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しかし実力は明確に持っておけ
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必要なときは行使する覚悟を持て
これは非常にアメリカ的な価値観で、
力の存在を前提として社会が動いていることを示しています。
「欧米」と一括りにはできない
こうして見ると、
「欧米のことわざ」と言っても中身は一様ではありません。
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日本
→ 隠すこと自体が美徳 -
イギリス
→ 静かだが、観察されている -
アメリカ
→ 実力は示される前提
この違いは、
それぞれの社会構造の違いから生まれています。
これからの時代、日本型だけでは足りない
さて、今後、我々はどうすべきかを考えて行きましょう。
現代では、
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転職や副業が一般化し
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組織や人間関係が流動化し
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評価が短期間で下される
という状況が当たり前になりました。
その結果、
黙っていても分かってもらえる社会ではなくなりつつあります。
語られない実力は、
存在しないものとして扱われてしまう場面も増えています。
それでも「能ある鷹」を捨てる必要はない
ただし、
欧米型の自己主張をそのまま真似ればよい、
という話でもありません。
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声の大きさが評価される
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中身より演出が重視される
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承認欲求が先行する
こうしたスタイルに対する違和感は、
多くの人がすでに感じているはずです。
今後おすすめしたいスタイル
これからおすすめしたいのは、
日本的な「控えめさ」を内側に持ちつつ、
欧米的な「説明力」を必要な場面で使うスタイルです。
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普段は静かで構わない
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無理に自分を売り込む必要はない
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しかし、求められた瞬間には
「私はこれができます」と明確に言える
この切り替えができる人が、
これから最も信頼され、重宝されることになるでしょう。
現代版ことわざにするなら
最後に、あえて言い換えるなら、こうでしょう。
能ある鷹は、
爪を隠して育くみ、
求められた瞬間だけ正確に出す
静かであることと、無力であることは違います。
語らないことと、語れないことも違います。
これからの時代に強いのは、
沈黙と説明を使い分けられる人ではないでしょうか。
そんな視点で、
あらためて「能ある鷹」という言葉を
考え直してみるのも悪くないように思います。