パワースポットを科学する

パワースポットブームが穏やかに続いています。
パワースポットブームは2000年前後から始まったようですが、
今では一過性の流行というより、
観光や娯楽の一形態として定着したように思われます。
そこで考えてみたいのが、
果たしてパワースポットとは何なのか? ということです。
ネットでも色々検索してみましたが、
これを科学的に説明した記事はあまりないようなので、
今回はこれを検証してみることにしましょう。
とりあえずパワースポットの前提として、
そこに立てば、
「わあ、ここはすごい場所だ! なにかパワーがもらえそうだ!」
と感じる場所とします。
ここに大きな異論はないでしょう。
では、そのような場所は、次の条件を満たす必要があります。
1.造形美がある<視覚>
まず第一の条件は、そこに自然の造形美があるということです。
・巨石、岩盤
・谷
・渓流
・山並み
・巨木
・樹木や花
・海岸線
など人工的には再現不可能なスケールで、
構図的に脳が納得してしまう形をしている場所です。
これは美的というより、空間認識が刺激されるのでしょう。
また、これらの造形には、
「フラクタル構造(自己相似性)」という共通点があります。
フラクタル構造とは、全体と部分が同じような形を繰り返していること。
脳はこの繰り返されるパターンを瞬時に理解し、
余計な負荷をかけずに空間を認識できるため、
私たちは心地よさを感じるのです。
2.空気感が適切である<自律神経への作用>
続いては、その場所の空気の状態です。
具体的には、その場の酸素量、および湿度が快適かどうかでしょう。
それぞれの人の好みではなく、
パワースポットには、自律神経が先に反応するような空気感が必要です。
例えば、
・深い森
・水辺の近く
・広い草原
などがこれに該当します。
このような場所では、呼吸が深くなり、心拍が落ち着きます。
また、それと同時に、余計な思考が減り、理屈の前に身体が納得します。
また、マイナスイオンという言葉はその定義にあいまいさを持っていますが、
飛沫・微粒子・清浄感などが同時に起きる場所は、
人間にとって気持ちいいのは事実。
したがって、マイナスイオンの存在もこの条件に加えてもいいでしょう。
3.音―意味を持たない刺激<聴覚>
自然の中の音は、決して一定ではありません。
渓流や波の水音は一定のようで、少しずつ変わってゆきます。
また、風音はまったく予測できないものです。
この「規則正しさと不規則さが絶妙に調和したリズム」を、「1/fゆらぎ」と呼ぶことがあります。
パワースポットに立ち、
外部からこのゆらぎを含んだ音を五感で受け取ると、
私たちの生体リズムがそれと共鳴(シンクロ)し始めます。
そして、それらの反響がわずかにズレると、
脳にとって、音楽でも言語でも雑音でもなく、
「無視できない心地よい刺激」として注意を奪われ続ける音となります。
結果として、時間感覚が薄れると同時に、
記憶に残る音となり特別な音と感じます。
これもパワースポットを構成する重要な要素です。
4.快適な匂い<臭覚>
人間の臭覚はそれほど強いものではなく、持続力の弱いものですが、
それでも人間の心を安定させる匂いというものは存在します。
つまり、樹木や花の匂いということになります。
具体例をひとつだけ挙げておくと、
樹木が発散する香りの成分である「フィトンチッド」です。
これは、自律神経を整え、
免疫力を高める効果があると言われています。
これらも、パワースポットを成立させる貴重な要素となり得ます。
以上がパワースポットの条件となりますが、
これらは一言でいうと、
物理的に人間がそこに立つと、
新鮮で心地よくなれる場所
ということになります。
実はこれはなにも、
昨今パワースポット的なものが話題になってから
日本人が感じ始めた話ではなく、
我々の祖先である縄文人が感じていた自然崇拝の一形態です。
縄文時代は自然との共生をテーマに生きていましたから、
いまの我々以上に、
パワースポット的な場所において、
「わあ、ここはすごい場所だ! なにかパワーをもらえそうだ!」
と感じたはずです。
そして、そのような場所で
祈祷したり、宴会したり、集会を開いたり、
あるいは合コンしたりしていたのでしょう(笑)。
時代が進み、そんなパワースポットに
神話や伝承のようなものが重ねられてゆき、
原始神道が生まれて磐座(いわくら)が置かれ、
それがいつしか神社へと発展していったと考えて差し支えありません。
したがって我々日本人は、
いまだ自然崇拝・アニミズムの世界に生きているといえるのです。
別の見方をすれば、本来そんな場所には、
望みをかなえてくれる神も、逆に悪さをする神もいません。
「自然に対する畏敬」のみがあるだけなのです。
パワースポットをやたら推す人たちがいる一方、
逆にパワースポットを卑下する民俗学者などもいますが、
古代から続くパワースポット的な場所とは本来どういう意味を持つのか、
よく理解してパワースポットを楽しむべきでしょう。