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日本の未来について悲観的な情報ばかりが飛び交う昨今ですが、一筋の光が明滅するのを最近実感します。それは成功企業の中に、アメリカ型経営とは一線を画す日本古来の伝統経営哲学がしばしば見出されるようになったことです。数百年の風雪に耐えて今なお顧客や社会に支持される老舗企業に特有な哲学や経営姿勢が、図らずも若いベンチャー企業群に見出される――その経営の在り方を「主客一如型経営」と名づけ、今後の日本の産業界をリードし、再生に導く存在になり得るものと期待しています。本ブログではこの主客一如型経営に関し、その原動力となる「不変と革新」というキーワードから解明してゆきたいと思います。

老舗企業の経営構造革新

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昨今、日本の成功企業の中にしばしば見出される経営スタイルとして、「主客一如型経営」があるというお話を、前回の記事でしました。

 

すなわち、基本姿勢としての「主客一如型経営」と、実体的内容としての「不変貫徹・革新断行型経営」ですね。

 

その中で、実例として、地方の酒造会社の事業構造転換について触れました。

 

そこで、今回は、このケースについて、具体的に眺めてみようと思います。

 

キヤノンさんの広報誌「C-magazine」の「伝統という価値」という特集記事のために、執筆させていただいた記事の一部を、掲載させていただきます(Vol.50, 2008年秋号)。

 

以下が、その本文です。

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日本酒の蔵元から最先端バイオの旗手へ   勇心酒造

 

1. 顧客からの感謝の声が絶えない四国・讃岐平野の酒造会社

 

「主治医から出してもらったどんな薬でも改善しなかった息子のアトピーの症状が、貴社の『アトピスマイルクリーム』ですっかりよくなりました」。

 

こうした顧客からの感謝の声が連日寄せられる企業がある。

讃岐平野の田園地帯に位置する勇心酒造(株)である。

 

同社は、5代目に当たる現社長の徳山孝氏が、米の伝統的な醸造醗酵技術に基づき、40年近くを費やし育て上げた日本型バイオの最先端企業なのである。

 

名刺の肩書きは、代表取締役農学博士。

来訪者にきめ細やかな気配りをしながら、小声で訥々と語る徳山氏。しかし、その話しぶりは、きわめて論理的で、世界と人類の行く末についての深い思索と洞察に満ち溢れている。

 

創業は、1854年(安政元年)。「蔦屋」(つたや)の屋号で、創業時の銘柄は「白菊」。のちに「歌菊」を経て、現在は、「勇心」という銘柄の清酒を製造し、香川県内を中心に販売している。明治期には、塩業にも進出し、朝鮮半島に塩田を持った時期もあるという。

「代々、原価よりも品質、自分のことよりも他人様のお世話に注力してきました」。

 

同社には、創業以来、「守るべきもの」として継承される"不義にして富まず"という経営哲学がある。

「ただ単に、悪いことをして金を儲けてはいけないというだけではありません。社会的に意義のある、社会に役立つことをやりなさい、という意味なんです」。

 

2. 「脱・成熟化」を目指し、経営構造革新を志す

 

1968年、徳山氏が東京大学の大学院で微生物学を研究していたころ、日本の酒造業は大きな転機を迎えていた。

高度経済成長の最盛期、日本人のライフスタイルの欧米化が進展するに伴い、酒に対する嗜好も多様化し、香川県だけを見ても、清酒の蔵元の数は、戦前の半分にまで減少。酒造企業が生き残るためには、脱・成熟化のイノベーションが必要な段階に達していた。

時あたかも、高度成長の負の遺産としての公害が深刻化し、各地で訴訟が頻発。

また、米国のベトナム反戦運動に端を発した学生運動が世界に広がり、日本でも東京大学の入試が中止に追い込まれるなど、物情騒然とした時代だった。

「人も企業も、自分を中心に考えすぎて、今や自縄自縛になっている。しかし、人も企業も、実は歴史という大海に浮かぶ小舟のような存在であって、自己を取り巻く環境の中で『生かされている』のではないか? これからの時代に必要なのは、この発想だ」と徳山氏は考えた。

「生かされている」という思想と、西欧近代科学を統合させた新しい価値観「創造と科学の合一」を打ち立てて、社会が抱える問題に立ち向かっていきたい!

また、氏が跡を継ごうとする酒造業は、上記のようにイノベーションが必要な段階に来ていた。

ここで、徳山氏は、老舗酒造企業としての自社の基幹能力を米の醸造醗酵技術として、これを「守るべきもの」として定めた。

「気候風土から考えて、日本には米作が適していること。

また、清酒・味噌・醤油などに続く醸造醗酵技術を生かした米の用途開発が、明治期以降なされていないこと。

さらに、米が日本人の体・精神・文化を形成してきたこと。

この3つのファクターを踏まえて、私は、米の無限の可能性を追求してみようと決意したんです」。

 

3. 日本型バイオに軸足を置き、躍進を続ける

 

1972年、実家を継ぎ、米の新たな可能性を引き出す研究に没頭する。以後、同社の清酒の売り上げは減少し続け、逆に、研究開発費は膨らんでゆく。

「使命感だけが心の支えでした。自宅以外の土地はすべて売却しました」。

それでも、「一の蔵」社長、故・鈴木和郎氏などの友人たちや地元の方々からの有形無形の支援を受け、そして国からの支援もあって、やがて、研究開発は実を結ぶ。

徳山氏が日本型バイオと呼ぶ「ライスパワーエキス」の実用化に成功したのである。

 

「米の醸造醗酵によって作られたエキスですから、自然なものであり、副作用もありません。特徴を挙げるならば、生体機能を健全化する働きと安全性ですね」。

 

麹菌、酵母、乳酸菌などの微生物の種類、量、熟成期間次第で、異なる特性を有する「ライスパワーエキス」が生成可能だ。

これまでに36種類開発され、うち10種類が実用化されている。

画期的な特性を有するものも少なくない。たとえば、「ライスパワーエキスNo.11」は、「皮膚水分保持能改善剤」として厚生労働省から承認されたが、これは、医薬品・医薬部外品・化粧品を通じて、世界初の、他に類例を見ない効能なのである。

この「No.11」を主成分とする「アトピスマイル」という商品は、2002年に発売されるや大ヒット商品になったばかりか、アトピー性皮膚炎で苦しむ子供の母親たちの間では救世主扱いされていると言われる。本稿冒頭に掲げた感謝のメッセージは、まさにそうした子を思う切実な母親の声なのである。

 

今や、年間売り上げ約31億円。その大半をバイオ関連事業が占め、清酒の割合は、0.2%。この数字は、"不義にして富まず"という経営哲学と、米の醸造醗酵技術を「守るべきもの」として定めた上で、事業の軸足をバイオへと移した成果を物語っている。

 

「ライスパワーエキスは、今後、100年、200年の長い風雪に耐え得る意義あるものだと考えています。取り上げるテーマは、それぞれの時代のニーズに合わせればよいと思います」と徳山氏は静かに微笑んだ。

 

「守るべきもの」を貫徹しつつ、日本製バイオの最先端企業へと躍進を遂げた老舗酒造企業の躍進は続く。

                                    (この回、終わり)

 

 

 

 

 

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