今、求められるイノベーション~胎動する日本の伝統経営哲学
「嶋田淑之の"不変と革新"ブログ」をスタートとさせていただくに当たって、まず最初に、私の問題意識をご理解いただくことが必要だと思います。
そこで、今からちょうど1年前に、厚生労働省関連の社団法人・日本ペストコントロール協会の会報誌に寄稿させていただいた小論をご紹介したいと思います。
以下、その寄稿記事となります。
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今、求められるイノベーション~胎動する日本の伝統経営哲学
<はじめに>
昨年来のアメリカ経済の衰退、そしてアメリカ有力企業群の没落は、日本経済に深刻な影響を及ぼしているが、それは一方で、新しい流れを生み出そうともしている。日本の老舗企業の経営哲学への関心の高まりと、それを現代という文脈に持ち込んだ新しいイノベーティブな日本型経営の胎動である。
わが国には、創業100年以上の企業が約10万社、200年以上が3000社以上あるとされており、中には1000年を超えるようなところも存在する。そうした企業は、幾多の戦乱や天変地異を乗り越え、なおかつ、顧客や社会から、時代を超えた変わらぬ支持・信頼を得ながら現在に至っている。
換言するならば、わが国に「経営学」というものが輸入されるよりも、はるか昔から、そうした企業は、数々のイノベーションを成し遂げ、押し寄せる新しい時代の波を見事に乗り越えてきたのであった。
成果主義導入などの例を挙げるまでもなく、アメリカ型の経営スタイルが日本の企業社会に何をもたらしたか、そしてアメリカ自体がどうなったかを考えるならば、いま、「アメリカ型経営よ、さようなら! 日本の老舗企業の経営よ、こんにちは!」という流れになるのも、当然のことなのかもしれない。
<第1節> 経営の基本姿勢~「主客一如」型経営:
それぞれの地方で100年以上、ないしは1000年以上もの繁栄を続ける企業のご当主(経営者)たちは、口を揃えて次のように言う。
「自分と自分を取り巻く環境は、不可分一体の存在である。自分自身も自分の会社も、悠久の歴史や大自然の一部であり、その中で"生かされている"存在なのだ。したがって、どんな事情があろうとも、自然を壊したり、大地の恵みを粗末にしたり、自分を取り巻く人々を傷つけてはいけない。この世の中で"生かしてもらっている"ことに、日々感謝を捧げ、自分を取り巻くあらゆる存在のために貢献することが何よりも大切である」と。
彼らのこうした姿勢は、仏教、とりわけ禅の世界でよく使われる「主客一如」の思想である。
主体としての自分自身と、客体としての自分を取り巻く環境とを、一体化したものとして捉える、ということだ(欧米は両者を明確に分離する)。
この考え方に立った経営は、あくまで自分たちを取り巻くあらゆる存在との「win-win」を指向し、「どうすれば、今まで以上に感謝を捧げられるか」という視点に常に立っている。
その結果、たとえば顧客に対しては、「まさか、そんなことまでしてくれるとは思わなかった!」という驚愕にも似た「トキメキ」や「感動」を起こさせることになって、自社みずからが感謝される存在になってゆく。
この姿勢は、行動規範としての「家訓」となって社内に伝播し、日々の業務に落とし込まれ、歴代当主によって代々伝えられてゆく。
一例を挙げよう。
創業150年を超える地方の酒造会社。ここは、新しい環境変化の中で、どうすれば一番良い形で「感謝の念を捧げる」ことができるかを熟慮した末に、自社の「メタ・コンピタンス(基幹能力)」に相当する醸造・醗酵技術を活用したバイオテクノロジー企業へと事業構造転換を果たした。
それから約40年。同社は、「アトピー患者の救世主」として、日本はもとより世界的にも注目され、今や感謝の手紙やEmailが連日多数寄せられる企業になっている。
<第2節> 経営の実体的内容~ 「不変貫徹・革新断行」型経営:
主客一如型経営の実現を目指し、顧客・従業員・取引先・地域社会はもとより、自社を取り巻くすべての存在に対して、「生かされている」ことへの「感謝の念」を創出し続けてゆこうと思うならば、前述の酒造会社のように、間断なき環境変化の中で、自社自身も変化し続けなければいけないことに思い至るだろう。
こうして、主客一如型経営は、その経営実体において、「不変貫徹・革新断行」を導き出す。
一般に、企業経営においては、どんなに環境が変化しても、絶対に「変えてはいけないもの」と、環境変化に即応して「変えなければいけないもの」とがある。
前者には、創業以来の「経営哲学」、「メタ・コンピタンス」などがあろう。歴史を重ねる中で、ここから自社ならではの「伝統」が醸成されてゆく。
それに対して、後者には、「経営システム」や「業務プロセス」がある。
繁栄を続ける老舗企業の際立った特性は、こうした「不変」と「革新」の対象の「識別」が極めて的確である、という点にある。
つまり、自社のどんな部分については絶対に守るべきであり、逆に、どんな部分については変革すべきかが、適切に区分けされ、それが社内で「共有」されているのである。
先の酒造会社のケースで言えば、経営哲学とメタ・コンピタンスが守るべきものであり、それ以外は変えるべきものとして、社内で認識され、共有化されていたことになる。
自社内でイノベーション創発を志向する場合、この点は、本質的に重要な点である。
なぜならば、トップが社内に「イノベーティブなプランを出せ!」とどんなに号令をかけようと、また、そのために優秀な人材を社外からスカウトしようと、あるいはコンサルタント会社のサポートを受けようと、「守るべきもの(不変)」と「変えるべきもの(革新)」の対象の「識別」に関して、社内認識が「共有化」されていない限り、イノベーションなど起こりようがないからである。
<第3節> 「不変と革新」の4つのタイプ:
「不変」と「革新」への企業対応には、基本的に次の4つのタイプが存在する。
1. 「卓越タイプ」
2. 「迷走タイプ」
3. 「時代遅れ・停滞タイプ」
4. 「自然消滅タイプ」
1「卓越タイプ」は、「守るべきもの」と「変えるべきもの」の対象の識別が的確であり、それが社内で「共有化」されている。そして、前者については、断固として「不変」を貫徹するとともに、後者に関しては、「非連続・現状否定」型の「革新」を断行する。
繁栄し続ける老舗企業のタイプであり、先に挙げた酒造会社の例も、これに該当する。
それに対して、2「迷走タイプ」は、その「識別」に適切さを欠いている。変えようという意思は良いのだが、本来守ってゆくべきものをどんどん変えてしまって、経営の方向軸が曖昧になり、迷走している。
顧客への「もてなしの心」を何よりも大切にした創業の理念をいつしか忘れ、利益至上主義に走り、産地や消費期限などの偽装を続けた老舗食品企業など、この典型例であろう。主客一如の姿勢を失っているのである。
次に、3「時代遅れ・停滞タイプ」。
まず、「時代遅れタイプ」は、老舗として、かつては栄華を誇ったにも拘らず、その成功体験に胡坐をかき、「変えるべきもの」の存在を忘れて環境変化に乗り遅れている企業である。
団体客から個人客へという顧客ニーズのシフトに対応できず、閑古鳥が鳴くようになった有名大型温泉地の老舗旅館群などがそうだ。
これまた、主客一如の希薄化現象と言えよう。
なぜなら、「環境乱気流水準」が上がってゆく中、これまでと同水準の「感謝の念」、すなわち、「トキメキ」や「感動」を顧客や社会に提供しようと願うならば、自社の経営もまた、世の中の環境乱気流水準アップに連動して変容してゆかなければいけないことは自明だからである。
つまり、「伝統は革新によってこそ守られ、革新なき伝統は伝承に過ぎない」のである。
次の「停滞タイプ」は、「守るべきもの」「変えるべきもの」の識別が適切であったとしても、既得権益を有する社内外の「旧勢力」の抵抗などで「非連続・現状否定」型の「革新」を断行し得ず、環境変化に乗り遅れた企業である。
同族間での派閥抗争が絶えないような老舗企業に見られる。これなどは、主客一如の姿勢が社内で共有化されていない典型的なパターンだ。
最後に、4「自然消滅タイプ」。
これは、「守るべきもの」と「変えるべきもの」とを適切に識別するわけでもなく、まして、前者を貫徹したり、後者に関して、革新を断行したりすることもない。
それでも、その業界全体が浮揚している限りは、業績も何となく伸び、株式の店頭公開まで行く場合もあるが、「事業あって経営なし」という状態なので、長期的な繁栄は期待できない。IT系の受託型企業などに時折見受けられる。
<第4節> 現代企業にも浸透し始めた老舗の哲学:
以上から明らかなことは、数百年に及ぶ繁栄を謳歌する企業とは、すなわち、経営の基本姿勢として、「主客一如」型経営を志向し、その必然的帰結として、経営の実体的内容において、「不変貫徹・革新断行」型経営を推進している企業である、ということだ。
しかし、こうした特性は、老舗企業にだけ見出される訳ではない。実は、若い創業経営者の中にも、これらの特性を体現している人たちが確かに存在するのである。
たとえば、ある地方都市で生まれた居酒屋チェーン。
今年で創業10年の若い企業だが、従来の居酒屋チェーンの常識を破る数々のイノベーションで、今やすでに国内16店舗、海外2店舗を展開するまでに成長している。
この企業の特性のひとつは、「感謝」を制度化している点だ。
すなわち、各店舗において、アルバイトを含めたスタッフ一人ひとりが、その日に起きた「嬉しかったこと、感謝したいこと」を全員の前で発表するのである。
来店客・仕事仲間・食材・仕入先・地域の人々・家族など、自分を取り巻く存在に対する感謝を毎日意識し、言葉にする中で、彼らは、「生かされている」ことを自覚し、「どうすれば、もっと喜んでもらえるか」という点に軸足を置くようになる。
このことが結果として、これまでの居酒屋になかったような新機軸を生み出し、顧客などからの歓びや感謝の言葉となって返ってくるわけである。それは、彼らにさらなるモチベーション・アップをもたらす。
これなど、明らかに「主客一如」型経営だが、若き経営者は、老舗企業を見習った訳ではないという。経営に対する自分の想いを形にしたら、図らずも、こういう形になったのだそうだ。
こうした事例は、今、全国各地で見ることができる。
悲観的なニュースが飛び交う日本の産業界だが、逆に、そういう状況だからこそ、それを打破する潜在力をもった胎動が生じているとも言えよう。
「日本人が、資本主義的生産様式の限界に気づき、日本の伝統に回帰し始めたんだと思います」
イノベーティブな経営で話題の養豚業経営者(30歳)が言う。
いずれ、これが奔流となり、わが国の産業界を支える経営の在り方へと発展することを祈りたいものである。