サードキャリアとは何か?〈後編〉人生を取り戻すために
― 実践・転身・再定義の旅へ ―
この記事は、前回「〈前編〉社会構成主義とエージェンシーが導く、人生の第三の進化」の続きです。 前編では、サードキャリアという概念を哲学的・構造的に整理しました。 後編では、その思想が実際にどのように現場で形になるのかを探ります。
4. 「経営」から「教育」へ ― 対話が導いた転身
ある日、地方の教育委員会で行われたキャリア講演のあと、 一人の男性が私のところに話しかけてきました。
彼は大手メーカーで営業部長として長年働いてきた五十代半ばの方でした。 「もう一度、自分の経験を若い世代に役立てたい」 ――そう語るその声には、迷いと情熱が入り混じっていました。
数年後、彼は地元高校のキャリア教育支援に参加し、 やがて教育現場の非常勤講師として教壇に立つようになりました。
「教えるつもりで行ったのに、学んでいたのは自分の方だった」
この言葉には、サードキャリアの本質が凝縮されています。 彼は、社会構成主義的な再物語化を経験したのです。 つまり、自分の過去を「完了した物語」としてではなく、 「いま誰かの学びを支える物語」として再編集したのです。
5. 「地方×デジタル」 ― 実践知を共創の力に
もう一つの例を紹介します。 IT企業出身の女性が、地方自治体のDX推進委員として転身したケースです。
彼女は当初、IT技術を使って行政を効率化することを目的としていました。 しかし、地域に関わるうちに気づいたのは、 「人が動かなければ、技術は生きない」ということでした。
住民説明会での対話を重ねるうち、彼女はこう言いました。
「私が変えたのはシステムではなく、人と人の関係性でした」
それこそが、共創の実践知です。 テクノロジーではなく、共感をつなぐ力。 この「人間中心のDX」こそ、サードキャリアが生まれる現場でした。
※本記事に登場する事例は、複数の実例を再構成したフィクションに基づいています。
6. Education 2030とエージェンシーの実践
OECDの Education 2030 Learning Compass ではこう述べられています。
“Agency is the capacity to set a goal, reflect and act responsibly to effect change.” (エージェンシーとは、目標を定め、内省し、責任をもって行動し、変化を生み出す力である)
この言葉は、教育の枠を超えてキャリアそのものを示唆しています。
人生百年時代における学び直しとは、 資格や知識を再取得することではなく、 「学び方」と「生き方」を同期させることです。
その実践のプロセスが、AARサイクル(Anticipate - Action - Reflection)です。
このAARの循環を回し続けることが、 サードキャリアにおける「生涯学習(Lifelong Learning)」そのものです。 つまり、サードキャリアとは―― 「人生そのものを学びの実験場に変えていくプロセス」 なのです。Anticipate(予測):未来に向けて問いを立てる
Action(行動):その問いを現場で試す
Reflection(内省):結果を振り返り、意味を再定義する
7. サードキャリアのゴール:自己の再定義と社会の再物語化
サードキャリアの目的は、 「新しい仕事を得ること」ではなく、 自分の意味を再定義すること です。 そのプロセスには三つの鍵があります。Re-definition(再定義): 外的評価から離れ、「何をしている時の自分が一番か」を見つける。
Re-connection(再接続): 他者、地域、社会との新しい関係性をつくる。
Re-authoring(再物語化): 過去を語り直し、「経験の意味」を未来へと書き換える。
サードキャリアとは、「働く」を超え、「生きる」を再編集する旅である。
この旅の中で、私たちは「誰のために働くのか」という問いを、 「誰と共に生きるのか」という問いへと進化させていきます。
8. 結論:共に再構築する生涯学習の物語
サードキャリアとは、 経験を社会に還元し、他者と価値を共創する「学びとしてのキャリア」です。 AIがあらゆる作業を代替していく時代において、 「人間にしかできない知の在り方」を取り戻す営みです。
仕事を通じて自分を変え、 変わった自分が社会を少しずつ変えていく。 その小さな循環こそが、 次の時代を形づくる「静かな革命」なのです。
あなたのキャリアの物語は、まだ続いている。 これまでの道のりが、誰かの希望の地図になると信じて。
注釈
AARサイクル(Anticipate - Action - Reflection): OECD Education 2030で示された「学びのサイクル」。 未来を予測し、行動し、内省することで、学習者が自らのエージェンシーを発揮するプロセス。
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