書評:STARTUP STUDIO 連続してイノベーションを生む「ハリウッド型」プロ集団
伊藤健吾さまから献本いただきました。ありがとうございました。なんか、amazonでベストセラーになってましたね。おめでとうございます。
これはスタートアップスタジオの本だ。あまりスタートアップスタジオのことだけでを書いた本はないのでレアだ。
スタートアップスタジオとは:
ハリウッドのスタジオが映画を量産するようにスタートアップを量産する組織だ。インキュベーションやアクセラレーションよりも組織的にスタートアップを量産する仕組みだ。スタジオぴえろがアニメを量産するようにスタートアップスタジオはスタートアップを量産する。ただし、人財的物理的リソースで共通化できるものは共通化する。
スタジオぴえろが、「おそ松さん」などのアニメを量産するように、スタートアップスタジオはスタートアップを量産する。しかし、おそ松さんのように全部が全部、大ヒットするわけでもない。同じように、スタートアップスタジオも全部ヒットするわけでもない。それを前提でスタートアップのプロダクトを量産していく。
theBridgeにはこう書いている。
http://thebridge.jp/?p=176864
スタートアップスタジオ:
エンジニアやデザイナー、そして起業家を内製化するモデル。投資家、起業家、その他のメンバーを含めた全てのメンバーが、同じ屋根の下に集まり、スタートアップを誕生させる。
投資額は様々だが、法人化やスピンアウトが行われるまで、エンジニア、デザイナー、そして起業家の人件費、オフィスやマーケティングに関するコストは、スタートアップスタジオ側で負担するケースが多い。ただし、コスト構造が高いため、設立したスタートアップの15%から高いところは70%の比率を取ることがある。北米では、IdeaLab、Expa、Betaworks、日本でもMistletoeが新しくスタートアップスタジオを開始している。
そういうスタートアップを量産する仕組みをとっている会社は業態様々でいろいろあり、それをいろんな人が寄稿して集めたものだ。345ページ、12章にわたっていろんな角度で、いろんな人がスタートアップスタジオについて書いている。スタートアップスタジオの本自体がレアなので非常に珍しい。スタートアップスタジオのエコシステムに興味ある人は買ったほうがいいと思う。
もともと、この本はIndigogo のプロジェクトで70万円ほど、お金をあつめている。
https://igg.me/at/startupstudio/x
それを日本語に訳したものだ。そのためなのか、じっくり体系的に書いた感じはしない。章によってテキストのクオリティの差が異様に激しく、読んでて、うなずけるところと、書き飛ばした感じのところとがある。クラウドファウンディングのプロダクトはハードでもソフトでも書籍でも粗削りだ。
1章で、スタートアップスタジオの概要と仕組みが書いてある。コアチームとして、営業、開発、デザイン、総務、マーケティングを組織し、スタートアップのプロダクトを量産し、ダメならつぶして、できそうなら法人化して、スケールさせて、イグジットする。(これを読んだとき、エンジニアは自動的に複数のプロダクトの開発に追い回されるので非常に辛そうだと思った。本書ではコアチームが厚くあるべきと書いてあるが、そんなに都合よくエンジニアは集まらない。)そんなわけで、コアメンバーは普通のスタートアップと違い高給を出さないとまわらないらしい。また、普通のスタートアップと違いプロダクトが失敗したら法人をまるごと解散しない。コアメンバーは残るのでダメージは少ないらしい。1章はスタートアップスタジオの仕組みが書いてあるが、たぶん、理想形であり(少なくとも日本では)このように綺麗に回らないことが多いと思う。
2章で老舗のスタートアップスタジオのBetaWorksについて書いてある。現状、進めているStartupの例として、Dexter社を書いている。少し前に流行ったチャット作成ツールの会社のようだ。Betaworksは成功した伝説的スタートアップスタジオらしい。wikipediaを見る限り、2007年設立で、bitlyなどに投資をしていたようだ。
3章は失敗したライコスというスタートアップスタジオの失敗例を書いてある。資金調達に失敗し、起業支援程度のアクセラレータになってしまった例だ。失敗とは書いてないが、どう見てもスタジオとして失敗してる。失敗例がかいてあるのはいいことだと思う。
4章は、ブダペストのスタートアップスタジオ(?)のラボクープという会社の実例。お金がないので受託に走り、人が足りないのでプログラミングスクールをつくり、スクールの卒業者を人材派遣に回すという、なんだかどこかで聞いたことあるビジネスモデルになりつつある。
5章、ミディアラボのスタートアップスタジオの概要と方法論が書いてる。
6章はオランダのスタートアップスタジオについて、かいてある。
7章にだいたいのスタートアップを量産するときの計画が掲載されていて興味深い。おそらくB2Bのサービスのスケジュールなので面白い。MVP(モックのようなもの)を3か月、課金部分を開発9か月目で実装し、SEOが11か月目で、SNS対策が14か月目、A/Bテストが16か月目というスケジュールが目安らしい。遅いという人と早いという人がいるんだろうな。
特に8章は筆者がスタートアップスタジオを設立した経験が書いていて面白い。この本の著者もスタートアップスタジオを設立し、年に12ものスタートアップを立ち上げるということをやっている。スタートアップスタジオが資金調達をして、スタートアップを量産したり、買収したりを繰り返し、うまくいったら、さらに資金調達をするというモデルが面白い。
この業界に長くいる人は痛烈な既視感と後悔と苦しみを感じるかもしれない。日本では往々にしてこのようなスタートアップを量産する仕組みができては、消えていった。もちろんアメリカより規模は小さい。成功したり、失敗したりした。多くの会社が表にでない(だせない)結果をだしてきた。サイバーエージェントしかり、デジタルガレージしかり、その他、数多くのインキュベーション、アクセラレータがあった。それぞれいろんな問題があって、いろんなサービスができて、渋谷の夜の酒の話のタネになって消えていった。
たぶん、経験者がもう少し詳しく知りたくなるのは実務的な部分だ。スタジオが資本政策的にも実務的にもグリップする部分が多く、具体的なカネと資本政策や投資契約の実例が知りたくなるのが実務者だ。特に議決権や優先株などにもう少しつっこんでほしかったかも。ただ、スタートアップスタジオという仕組み上、持ち株比率がスタジオ側が高く(平均50%)グリップされてて、業務リソースもスタジオがグリップしているので、あんまりグリップするとモチベーションがへってくるし、フットワークも重くならないのかと思うが従来の「フットワークが軽いがリソースとリスクが大きすぎるモデル」とのトレードオフなんだと思う。
個人的には、インキュベーションやアクセラレータと名乗るものをたくさん見ては、体験してきた。お金を出すほうも、出されるほうもした。この業界に詳しくはないし、スタートアップに詳しくないけど、僕としては、思うことは多い。多すぎてつらい。思うことは多い。個人的には、いろいろ腹くくって死ぬ気になった人じゃないと成功しにくい業界だけど、スタートアップスタジオは腹をくくらなくてもいいしくみなので、マネージドなスタートアップとしていいのかもしれない。