フジテレビという枠を超えて、「ノイタミナ」という「枠」をブランド化したい――変わりゆくテレビアニメ
代々木アニメーション学院主催の業界セミナー「変わりゆくテレビアニメ ―いままでと、これから。―」が7月10日に開かれた。第一回のゲストは、フジテレビの深夜アニメ枠「ノイタミナ」でプロデューサーとして活躍中の山本幸治氏。今後のテレビアニメの行く先はどこにあるのだろうか?
テレビ、アニメ業界が不況にあえぐなか、フジテレビの木曜深夜アニメ枠「ノイタミナ」は、昨年から30分1枠だった番組構成を1時間2枠にするという拡大戦略をとった。これまで『ハチミツとクローバー』『のだめカンタービレ』など青春をテーマとしたアニメから『東のエデン』『東京マグニチュード8.0』などのオリジナルアニメ、そして文化庁メディア芸術祭で大賞を受賞した『四畳半神話体系』など様々なジャンルに挑戦してきた「ノイタミナ」。
今回の代々木アニメーション学院主催セミナーでは、そうした挑戦をし続けるフジテレビプロデューサー山本幸治氏から、「ノイタミナ」という「番組枠」のこれまでの変遷と、これからの展開が語られた。
■「ノイタミナ」の過去と現在
「フジテレビでアニメをやる限りは「一般性」をある程度持たせる必要がある。『のだめカンタービレ』『墓場鬼太郎』はそれが顕著に出た好例だ。たとえば『のだめカンタービレ』などは、2ちゃんねるで言われているよりもDVDは3倍くらい売れている。初動しか見てないからなんでしょうね。継続的にDVDが売れているということが「一般性」ということ(の証拠)かもしれない。(山本氏)」
ここでいう一般性とは、「ふだんアニメを見ていない層にも広くリーチできるかどうか」と捉えて良いだろう。「ノイタミナ」が『ハチミツとクローバー』『Paradise Kiss』という人気少女漫画を原作としたアニメ作品から始まっていることから考えても、当初の視聴ターゲットとして「若い女性」を大きく取りこむことが意識されていたのは明らかだ。
しかし、昔はそうしたグレーゾーン(ふだんアニメを見ていない一般の人たち)に対象を広げればDVDの売り上げも増えていたが、それも状況が変わってきている。『のだめカンタービレ』も、第一期から第三期までで視聴率はたいして落ちていないが、ビデオの売り上げは減っていったという。
「いまは月9(のドラマ)も10%代でホッとしている。アニメも、以前のように5~6%の視聴率が取れていた時代から変わってきている。視聴者がテレビを見なくなってきているのは確実。(山本氏)」
これまでの「ノイタミナ」枠のアニメの平均視聴率を振り返ると、2008年の『のだめカンタービレ 巴里編』第9話が最も高く6.6%。2009年の『東京マグニチュード8.0』第1話で5.8%(「ノイタミナ」作品中で第1話最高値を記録)と好調だったが、その後は2~3%代へと低下。今年に入ってからは1%代も珍しくなくなってきていた。ただ、先月終了した『C』/『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』では、一時3.9%(瞬間最高視聴率では5.5%※)まで上昇し、ここにきて底力をみせた。
※参考:山本幸治氏本人のツイートから
http://twitter.com/#!/koji8782/status/65055733342937089
■ターゲットの変化
テレビが見られなくなっていくなか、深夜アニメという枠で試行錯誤を続ける「ノイタミナ」。実は、狙っているターゲットを一度方向転換しているという。
「明確に「ここから変えた」というわけではないが、一般性とオタクカルチャー双方を狙うようになった。そうしたトライが一番出たのが『東のエデン』(2009年)。これが一般(ふだんはアニメを見ない層)と、オタク(コアなアニメファン層)の両方から初めて受け入れられた。(山本氏)」
『東のエデン』は、それまで女性向けの漫画や小説を原作としてアニメ化してきた「ノイタミナ」として初のオリジナル作品にも関わらず、最高で平均視聴率5.0%を記録したほか、テレビ放映終了後には続編として2部作の劇場版が公開された。「ノイタミナ」で獲得した女性視聴者を上手く引き継ぎつつ、コアなアニメファンをも惹きこんだ結果と言えるかもしれない。また、その次に放映された『東京マグニチュード8.0』も「ノイタミナ」オリジナルの作品だ。
こうしたオリジナルアニメでの成功が、2010年の2枠構成への拡大、2011年のオリジナルアニメを増加した作品ラインナップ、という戦略へと繋がっているのだろう。従来の原作もの(今年7月から開始された『うさぎドロップ』、『NO.6』など)とのバランスも取りつつ、少しづつ軸足をコア(本来のアニメ好き)向けにうつし始めている「ノイタミナ」。そこにどんな意図があるのだろうか。
「元々の市場(パイ)を争うのではなく、新しいパイを生めるかどうかチャレンジしたいと思っている。オタクカルチャーと一般性をうまく取り入れることが、そのきっかけになるかもしれない。アニメ自体が、いま一般にもかなり浸透してきているのではないかと思っている。そういう点で、市場はまだ広がっていく可能性はある。(山本氏)」
■ノイタミナの「枠」のブランド化を目指す
「「ノイタミナ」でやりたい、と色んな人から言ってもらえるようになってきた。これを大事にしていきたい。フジテレビという枠を超えて、「ノイタミナ」という「枠」をブランド化したい(山本氏)」。
立ち上げた当初はそうした認識は無かったそうだが、いいアニメを継続して送り出すということだけでなく、山本氏がこれから作ろうとしているのはそれを含めた「ノイタミナ」という信頼性なのだろう。
「たとえば、スタジオジブリの『ハウルの動く城』におけるハウス食品、『魔女の宅急便』におけるクロネコ(ヤマト運輸)は「宮崎ブランドのアニメのスポンサーをする」と言った時点である程度成功している。そういう人たち(スポンサー)を見つける(集める)仕組みを作らなければいけなくて、僕がいまテレビでやりたいことは、それなんです。個別のDVDのセールスなどとは別で、「ここにお金を出すことに意義を感じる」という状態にしたい。(山本氏)」
ただ、この発言の前には「どこにでも出来ることではないだろうが…」、という前置きがあった。テレビ業界、アニメ業界のなかで独自の立ち位置を築くための挑戦は、7年間続いた「ノイタミナ」でも、まだまだこれからというところなのかもしれない。
また、Ustreamなどのネット配信についてはどうか?という会場からの質問に対しては、「メリットがあればやりたい。ただ、いまは「フジテレビ」に魅力を感じているスポンサーがいる。『TIGER & BUNNY (タイガー&バニー)』のスポンサーのつき方(※)などは面白かったが、特殊なシステムなので毎回出来るわけではないと思う。自分は他の方法を考えて行きたい。」と語った。
※アニメに登場するキャラクターが、実在する企業のロゴ(Softbank、BANDAIなど)を身につけて登場する。テレビアニメ史上初めてUstream連動放送を実施したことでも話題となった。
■アニメ業界の熱意を感じるセミナー
セミナー冒頭、司会のサンキュータツオ氏から「えー、本日はアイドルマスターを語る会ということで…」に会場から全く反応がなく、「あれ、今日はカタい感じですか。」と、空気をつかみ損ねる場面も。山本氏も「いつもはここで笑いが起きるんですけどね。」と少し驚かれていた様子。業界セミナーということもあってか、会場に集まった人たちはヒット作を継続的に生みだす「ノイタミナ」のプロデューサーから真剣に何かを学んで帰ろうという熱気があふれていた。
ここだけはアニメづくりで押さえてほしいというポイントは?という質問に対しては、「いろんな分業制が確立しているアニメ業界ですが、僕らのチームでは、「全体像を意識した中での分業をやろう」といつも言っている。そこが大事ではないか。(山本氏)」と応えた。