シャープとMakuakeによるオープンイノベーションはなぜ続く?その原動力とは
2017年3月に取材したシャープ×Makuakeの「-2℃で味わう日本酒」プロジェクトは、研究開発で生まれた技術をもとに「新しい日本酒のジャンル」を生み出すという意欲的な取り組みでした。最終的に1,800万円を超える支援をあつめ、日本酒ジャンルのクラウドファンディングにおいて国内記録を樹立しました。
しかしそれだけに留まらず、同年9月に「煎茶GIN」、10月には「氷点下スパークリング日本酒」と、この1年で3つも新しいプロジェクトを実施しています。大手メーカーによるクラウドファンディングはここ数年で増えてきましたが、これだけ短期間で複数のプロダクトを立て続けに企画・実施するスピード感はなかなか他では見られません。
なぜこれだけ継続して新しい企画を出し、実現し続けられるのか。その仕組みと、新製品開発にかける「エネルギー」について、シャープ西橋さん、マクアケ木内さん・北原さんに話を聞く機会を得ました。
シャープ株式会社 社内ベンチャー TEKION LAB(テキオンラボ)代表・西橋雅子さん(写真中央)
株式会社マクアケ クリエイティブディレクター 北原成憲さん(写真左)
株式会社マクアケ 取締役 木内文昭さん(写真右)
■すべては「冬単衣」のクラウドファンディングから
2017年、シャープの社内ベンチャー「TEKION LAB」とMakuakeによるクラウドファンディグでは、3つのプロジェクトが実施されました(2017年12月現在、2つが継続中)。
●-2℃で味わう「雪どけ酒」冬単衣:2017年3月開始。プロジェクト開始1ヶ月で1,000万円を突破し、最終的に1,800万円を超える支援をあつめる。
●煎茶GIN「茶饗-SAKYO-」:2017年9月開始。目標額100万円は達成済み。12月27日まで支援受付中。
●氷点下スパークリング日本酒「白那-HAKUNA-」:2017年10月開始。目標額100万円は達成済み。2018年1月30日まで支援受付中。
一人の日本酒好きとして、私も個人的にこの3プロジェクトは自費で支援しています。すでに「冬単衣」は今年の夏に手元に届き、友人たちとの餃子パーティで自慢げに披露しました。餃子と日本酒、意外と合うんですよ。
自分が支援したことによって生まれたプロダクトは、他の人にも話したくなるという気持ちが生まれます。クラウドファンディングならではの購入体験の醍醐味とも言えるでしょう。今回こうした記事を書いているのも、この一連のプロジェクトのただの一ファンであるから、ということにほかなりません。
「冬単衣」を実現したテクノロジーと、そこから日本酒の新しいジャンルを生み出すパッケージが開発されるまでのストーリーを聞いて、その商品が生まれるまでの「熱」が伝わってしまったと言ってもいいでしょう。
「(前略)しかし、よくよく話を聞いてみると、このプロジェクトは"単に新しい日本酒を作る"というレベルの話ではありませんでした。実は「-2℃で飲む」という、かつてない「新しい日本酒のジャンル」の創出であり、液晶材料の研究で培った技術を他の製品でも使えないか? と模索していたシャープと、日本酒業界で新しいことに挑戦したいと考えていた埼玉の石井酒造との「出会い」によって生まれた、イノベーティブな新製品開発の物語だったのです。」
シャープの液晶材料研究と酒造メーカーの挑戦が生んだ「-2℃の日本酒」 - 山岡週報
■企画を実現する、「人のつながり」
その後、まさか年内に2つも新しいプロジェクトが実施されるとは思っていませんでした。そもそもこうしたクラウドファンディングのプロジェクト自体が、シャープとしては挑戦的な取り組みでした。
シャープ西橋さん「研究開発という部署では、多くの新しい技術が生まれているのですが、なかなか日の目を見ないものも多いんです。でも、私たちはそれらを常に「世に出したい」と思っている。そこに何らかの価値をつけて製品化をする手段を模索しているなかで、こういうクラウドファンディングというやり方がある、と知りました。そこでMakuakeに相談しに行ったのが最初のきっかけです。そのとき印象に残っているのは、Makuakeの方々から「僕らは面白くないと思ったものは面白くないと言います」とはっきりおっしゃっていた。そんな彼らが、この技術は面白い!と言ってくれたので、後押しされました。」
新規事業を始める、となるとその採算性や事業計画も大掛かりなものとなりますが、その手前の段階で「世に問う」取り組みとしてのクラウドファンディングであれば、というところで、社内で稟議を通すために関係者一人一人の考え方を変えていく活動をし、なんとかスタートをすることができたということでした。
西橋さん「大手メーカーで新規事業を進める際に、いろんな人からの意見や壁が立ちはだかると、だんだんと「疲れてしまう」ということがいま弊害となっているのかもしれませんね。私もこのプロジェクトでちょっと立ち止まってしまいそうなときもあったのですが、そういうときにMakuakeの北原さんをはじめとしたチームのみんなで励ましあうことで乗り越えることが出来ました。また、進めていく中で、社内でもどんどん仲間が増えていったんです。」
2016年8月頃に西橋さんからMakuakeに相談があった後、10月頃に「日本酒の保冷バッグ」の企画に決定。それに合わせた日本酒を作れないかということで、Makuakeとつながりがあった石井酒造への相談を開始する。そうして2017年3月プロジェクト開始と同時に、シャープの社内ベンチャーとして「TEKION LAB」が立ち上がる。
そうしてまず「冬単衣」が立ち上がり話題性も獲得すると、シャープにもMakuakeにも新たな話が舞い込むようになったそうです。
■プロジェクトを継続する「エネルギー」と「仕組み」
2017年8月に、シャープ社内でTEKION LABの第2弾をやろうということが決定。決定後、以前から相談のあったカネジュウ農園さんをMakuakeが紹介し、翌月末から「茶響」プロジェクトを開始。もともと相談があったとはいえ、このスピード感はどこから来るのでしょうか。
マクアケ木内さん「ネタのストックがあったとか色々な要因はあると思いますが、もっとも何が一番の要因か、というと、このプロジェクトを近くで見てきた人間として感じるのは、西橋さんをはじめとしたシャープの皆さんと、うちの北原を含むMakuakeチームの「やる気」、「エネルギー」だと思うんです。そこがほかとの大きな違いとなっていて。最初のプロジェクトはとても難産でしたが、そこが成功しチームとしても団結力ができたことで、第2弾、第3弾は比較的スムーズに立ち上がったのかなと思います。身も蓋もないかもしれませんが、結局はそこ次第なんですよね。」
マクアケ北原さん「そもそも私は、こうしたモノづくりに関わる仕事がしたくてMakuakeに入ったんです。このプロジェクトはそんな僕にとって、そんな想いを加速させるプロジェクトとなりました。このプロジェクトに関わるようになって更に力が湧いてきたというか。」
北原さん「父が町工場をやっていることもあって、日本のモノづくりは常に身近に感じていました。だからこそ、日本の研究開発費への問題意識がありました。毎年莫大に費用がかけられているのに対して、うまく製品化できていないものがいっぱいある現状をなんとか打破したいと思っていました。そうしたなかでシャープさんとの出会いがあって、これは何としても成功させたいなと。」
また、スピード感の裏側には、Makuakeならではのクラウドファンディングの知見の蓄積がある。
北原さん「この一連のプロジェクトは、「TEKION LAB」の価値を市場に問うというテストマーケティングとしての位置づけもあります。仮説検証のPDCAサイクルを回して、メッセージの伝え方を"プロジェクトの途中でも"変えることが出来る。いま実施中の煎茶GINのプロジェクトも、スタート時の購買者の傾向を見ながらコピーやデザインを変えたりしている。そうした小回りが利くのもクラウドファンディングの良いところだと思っています。」
西橋さん「従来の製品販売では、方向性を定めたらそこで広告宣伝なども固まってしまい修正ができない。それに比べると、顧客の反応を見ながら変化していけるのは非常におもしろいですよね。TEKIONという価値をどうやって伝えていくか、ということをMakuakeさんと常に考えています。」
■Makuakeが果たすオープンイノベーションにおける「連携先の探索・関係構築」の役割
昨今話題のドラマ「陸王」では、ランニングシューズの開発に行きづまった中小メーカーが、融資を受けている銀行から技術力のある提携先を紹介してもらう、というシーンがありました。もちろん今でもそうした役割を銀行が担っているケースはあるでしょうが、クラウドファンディングを行ってきたMakuakeが、いまや支援者を募るだけでなく、こうした「提携先の探索・関係構築」を担う立ち位置に来ています。
北原さん「これまで3,000件以上のプロジェクトを実施してきたからこその、Makuakeを通じたゆるいネットワークというのが形成されていて、それがまた新たなプロジェクトにつながっているのだと思います。」
以前このブログでも紹介した、NEDOから提示された「オープンイノベーションの課題について5つの段階」に照らし合わせると、シャープとMakuakeはこの5つの課題をうまくクリアしてきたことが分かります。
産業構造審議会 産業技術環境分科会 研究開発・イノベーション小委員会 資料より抜粋
・課題1 オープン・イノベーションの目的に対する理解
・課題2 オープン・イノベーションに取り組むための組織体制の構築
・課題3 オープン・イノベーションを行うにあたっての戦略策定/技術評価
・課題4 連携先の探索
・課題5 連携先との関係構築(交渉、契約、出資、M&A等)
動き出した大企業、オープンイノベーションの「5つの課題」を乗り越えられるか - 山岡週報
社内でクラウドファンディングへの理解を広め、「TEKION LAB」という組織体制を構築。そして研究開発事業本部として最終的なプロジェクト実施の意思決定のもと、Makuakeをハブに、提携先との関係を構築し、次々と新たなプロダクトを生み出していったのです。
■シャープ社内でのプロジェクトの評価は?
こうして、「縁」と「運」、そして何より「人」に恵まれて成立してきたプロジェクトですが、果たしてシャープ社内での評価はどうなのでしょうか。
西橋さん「最初は社内でも「どれくらい儲かるの?」と懸念を抱かれたりもしました。もちろん、ビジネスとしてやるからには、赤字にはならないようには設定していますが、これ単発で儲かるというのではなく、この技術がどれくらい市場性があるのか、それを見極めるための取り組みとして理解してもらいました。「TEKION LAB」自体の認知が上がることで、この技術のブランドをつくり、ここから提携先や可能性をひろげ、そのあとにつなげていきたいですね。そういう意味では、今年の一連のプロジェクトは各メディアにも取り上げていただき、成果としては上々だと考えています。」
木内さん「Makuakeでは、「企画ありき」で考えるんです。ユーザーの喜んでいる顔が想像できるか、というのを最重要視していて。そういう点では、これまで裏側で進められてきた技術が表に出る形でまず世に知らしめられたというのは「TEKION LAB」にとってとても良かったのかもしれませんね。BtoBの閉じた世界だけで進めていてはここまで広がらなかったでしょう。日本酒とのコラボというBtoCの場でまず名前を知られたことで、いまいろんなところからシャープさんにもMakuakeにもお声がけがあるのはとても喜ばしいことです。」
■プロジェクトで終わらない、事業化への期待
クラウドファンディングが面白いのは、こうしたこれまで出てこなかった「製品が生まれる前のエネルギー」が可視化され、シェアできるところにあると個人的には感じています。製品化してほしい、できれば他の人にも届けてほしい、届けたい...、そういった想いがうまくつながっていけば、そのプロジェクトやチームは継続していけるのかもしれません。
ちなみに、取材した日はちょうど氷点下スパークリング日本酒の「白那」が仕込みの真っ最中ということでした。年末には届くであろうそのお酒を、わが家で鍋をする予定の友人たちに振る舞うのを楽しみにしながらこの記事を書いています。
できれば単発のクラウドファンディングでは終わらず、ぜひ継続できる「事業」として実現し、毎年楽しめる日本酒が購入できるよう育ててもらえるといいなと、一支援者として期待しています。