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メディアプランナーのつぶやき。ITおよび製造業のマーケティングについての考察。ときどきマンガとアニメ。

成熟する日本で評価される歴史マンガ。これってガラパゴス?

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小雨の降る2月12日(土)、新国立美術館で開催されている文化庁メディア芸術祭に行ってきた。毎年この時期は雨が降っている気がする。そして寒い。客足も遠のいているのではないかと思ったが、参加費無料かつ3連休の中日ということもあって、多くの人でごった返していた。

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いくつか刺激を受けるものはあったが、今回のエントリでは「マンガ部門」について感想を述べたい。
大賞を取ったのは岩明均さんの「ヒストリエ」。確かにいいマンガだ。みんな読んだ方がいい。
作者を知らない人には、「寄生獣」を描いていた人だと言えば分かるだろうか。これも読んでない人は読んだ方がいい。
「寄生獣」は現代SFなのに対し、ヒストリエは「紀元前」を舞台とした歴史マンガで、全く異なる世界観だが、人間の奥深くをえぐり出すような描写は共通しており、どちらもそれぞれ凄味があるマンガである。現代に生きる人間も、過去に生きていた人間も、それぞれ人間同士で憎しみ合い、愛し合い、殺し合い、そして平等に死んでいくのだ。

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さて、ヒストリエが展示されている正面には、「マンガ部門」についての紹介と、審査委員を務めた永井豪さんの講評があった。以下に一部抜粋する。

歴史的検証と過去へのまなざし 永井 豪(主査/マンガ家)
今回、マンガ部門の最終審査に残った候補作の中で、審査員の票を集めたものには、歴史を扱った作品が多かった。(中略)かつて、マンガの主流であった荒唐無稽な作品が、ほぼなくなってきたことは寂しい気がするが、これも、マンガ文化の成熟ととらえるべきだろう。文化は社会と呼応する。高齢化社会になりつつある日本は、未来への希望や展望より、過去の歴史的意義の検証に、興味を移しているのかもしれない。

審査委員プロフィール : マンガ部門 | 平成22年度(第14回)文化庁メディア芸術祭

実は昨年の大賞「ヴィンランド・サガ」も、歴史ものだった。歴史をテーマにしたマンガは、その数もさることながら、質の良いものも多い。最近は「竜馬がゆく」や、「戦国BASARA」などの影響もあって、再び歴史マンガが盛り上がっているように思う。(昨年1月には歴史マンガだけを集めた「月刊コミック大河」なんてものも創刊された。売れているかどうかは知らないが)。永井さんの「マンガの主流であった荒唐無稽な作品が、ほぼなくなってきた」というのには、完全には同意しかねるが、最近の各雑誌の人気連載を見ていると、突拍子もないマンガがあまり無い(というか流行って無い)というのも事実なのかもしれない。まぁ、永井さん自体が荒唐無稽な路線の作家であるというのもこのコメントに起因しているのかもしれないが・・・いずれにしろ、今後ますます進む日本の高齢化社会で、年々成熟していくマンガ読者が作品の内容に及ぼす影響は大いにあるのだろう。

■世界でマンガは売れるのか

さて、日本では上記のような懸念(?)がある一方で、世界ではどうか。アメリカやフランスでも日本のマンガが売れているじゃないか、市場はそちらにもあると言う人も居るかもしれない。もしくはこれから若者が増える国など開拓の余地はあるかもしれない。しかし、それがどれほどの市場なのか。そして日本のマンガが競争優位に立てるのか。

少なくとも、現時点では、日本がリーダーシップを発揮しながらマンガを世界で売れるものとして広げていくという展開はあまり期待が出来そうに無い。「ポケモン」以降、大ヒットが生まれていない、という現実がある。一時期、海外でもてはやされていたマンガ・アニメも、いまあまり市場としては美味しくない感じになっているようだ。

「ポケモンが98年に大ブレーク、2002年にジブリの『千と千尋の神隠し』がアカデミー賞をとったことで、アメリカでも「日本のマンガやアニメがクール!」という風潮は確かにあった。日本の方も「へぇ〜、けっこう意外なモノがウケるんだ」という驚きもあっただろう。
とりあえずマンガに限定して話をすると、2007年の年間総売上2億1000万ドルをピークにここ数年落ちている。リーマンショックの前だから、アメリカの不況とは関係ない。なんで売れなくなっちゃったの?とアメリカ人の人に理由を訊けば、こういう答えが返ってくるはずだ。「The market is over-saturated.」」
アメリカでアニメやマンガが売れなくなった本当の理由 | Books and the City

なにか日本のモノづくりに似た印象を受けてしまうのだが、上記のブログでも日本がマーケティングを出来ずに失敗した例が語られている。そのほか、データは少し古いが、JETRO発表の資料で「アメリカにおける日本のアニメおよび関連商品の売り上げ推移」のグラフが下記の記事で見ることが出来る。

・日本のマンガ、実は世界でウケてない!【その2】|Web SPA!

これを見ると、2003年から既にアニメおよび関連商品の売り上げが低迷し始めていることが分かる。「アメリカでのアニメ放映時間は'07年をピークに減少傾向、関連商品の売り上げも'03年に過去最高を迎えたものの、その後は低迷を続けているというのだ。そもそも、アメリカにおけるDVD流通量のうち、日本製アニメのシェアは、わずか1%台に過ぎないのだ。」

■海外で地道にマーケティングをするということ

「ポケモン関連で成功していた時に、さらなる成長を目指したのはいいものの、場当たり的に色んなコンテンツを出して結局どれも当たらなかったので(市場を育てなかったので)失敗した」。ざっくり言ってしまうとこういうことなのだろうか?もしくは、現地で組むパートナーなどの選択を誤ったのだろうか?

マンガも電化製品もグローバルビジネスとしては一緒の考え方になるのだろう。本気でやるのであれば、サムスンのように現地の土地勘や文化に馴染んだうえでマーケティング戦略を考えなければならない。マンガの素晴らしさをじっくり布教していくエバンジェリストや、現地のビジネスを巻き込んで展開していくようなプロデューサーも必要だ。

そういう点では、下記の「鋼の錬金術師」をヒットさせたプロデューサーの田口浩司氏のインタビュー記事を読んだ時には少し希望が持てた。

存在しない「欧米市場」は狙わない 「鋼の錬金術師」プロデューサー、次の狙いは?【後編】|渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 |ASCII.jp

「―― そういった海外イベントの参加に積極的なのはなぜですか。

田口 一番コアな層をダイレクトに見られるじゃないですか。実際に行くと、人の気質とか人気の出るものって土地によって全然違うんだなと感じられるんですよ。「劇場版 鋼の錬金術師(シャンバラを征く者)」のフィルムを持って世界中を回ったときも、お客さんが笑ったり泣いたり盛り上がったりするところが、土地ごとにちょっとずつ違うんです。それを見るのが面白かったですね。

 以前別の部署にいたとき、「アメリカ市場はこう」「ヨーロッパ市場はこう」みたいなことが言われていたことがあったんですね。でも、実際に見てみると、ヨーロッパといっても、イギリスとフランス、ドイツとイタリア、スペインとで全然違いますから。アメリカの中でも特徴は分かれますよ。アメリカの東西南北で。」

至極当たり前のことを言われているのだけど、これが出来ていなかったというのがこれまでマンガが世界で大ヒットしていない理由の1つかもしれない。

成熟していく日本から、他の国で爆発的なヒットを生み出すことができるコンテンツは一体何なのだろう。それは果たして歴史マンガなのか?今回そんな観点では審査員は選んではいないのかもしれないが。

日本の誇れるマンガ文化を、世界にもっと知って欲しいなと思う。そんなことを考えながら、降りやまない雨のなか帰路についた。

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