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AI武装する投資家、AI時代にCFOに求められる役割

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ガートナーは2026年1月21日、機関投資家によるAIツールの導入が急速に進んだことで、企業のCFOがIR(インベスター・リレーションズ)活動に割く時間が大幅に増加しているとする分析結果を発表しました。

Gartner Says AI Is Leading CFOs to Spend More Time on Investor Relations

2025年10月から12月にかけて実施された146名のCFOを対象とした調査によると、35%以上の回答者が、前年と比較して投資家とのコミュニケーションの量や頻度、そして何よりも「時間的な緊急性」が増したと回答しています。

この発表が行われた背景には、金融市場における情報の非対称性が、AIによって新たな局面を迎えているという社会的な文脈があります。投資家側が高度なAIを用いて企業分析を高速化・精緻化する一方で、企業側の対応が旧来の手法に留まっている場合、そこには致命的な「対話のズレ」が生じます。

ガートナーが指摘する課題は、単なる業務負担の増加ではありません。AIが生成する回答や分析に対し、企業がいかにして正確なナラティブ(物語)を維持し、市場の誤解や幻覚(ハルシネーション)を防ぐかという、情報ガバナンスの問題が浮き彫りになっています。

今回は、この「AI武装した投資家」という新たなステークホルダーの台頭と、それに対抗するためにCFOに求められる「プライベートAI」の活用、そして、今後の企業開示の展望について取り上げたいと思います。

投資家対話における「速度と深度」の劇的な変化

2026年現在、機関投資家のリサーチプロセスは根本から変わりつつあります。ガートナーの調査が示しているのは、CFOが直面しているプレッシャーの質的な変化です。かつてIR活動といえば、決算説明会や定期的なミーティングが主軸でした。ところが現在は、投資家側がAIエージェントを駆使し、膨大な開示資料、ニュース、SNS上の風評などをリアルタイムで解析し、人間では不可能な速度で矛盾点や懸念点を抽出する状況です。

これにより、CFOやIRチームに対する問い合わせは、より頻繁になり、かつ即答を求められるものへと変化しています。ガートナーのファイナンス・プラクティス担当ディレクター・アナリストであるDymah Paige氏が指摘するように、マニュアル(手作業)の手法だけで投資家に影響を与え、企業のストーリーをコントロールすることは困難になりつつあります。情報の消費側がF1マシンに乗っている状態で、発信側が徒歩で追随しようとしているような構図が、現在のIR現場で起きている摩擦の正体と考えられます。

「ナラティブ」を巡るアルゴリズムとの攻防

今回のガートナーの提言で最も注目される点は、AIによる「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクに対する警告です。一般公開されている生成AIやアンサーエンジンは、インターネット上の多様な情報を学習していますが、そこには不正確な情報や古いデータも含まれます。投資家がこうしたパブリックAIを用いて企業分析を行った場合、事実とは異なる文脈が生成され、それが投資判断の根拠となるリスクが想定されます。

企業にとっての脅威は、自社が発信した正確な情報が、AIというフィルターを通すことで歪められることです。Paige氏が「組織が自らのナラティブをコントロールすることが難しくなる」と述べているのは、この点を指しています。CFOは、人間の投資家だけでなく、その背後にあるAIアルゴリズムに対しても、正確で誤解のない情報を「学習させる」あるいは「正しく解釈させる」ための新たなコミュニケーション戦略を構築する必要に迫られています。これは、従来の広報活動とは異なる、一種の「対アルゴリズム防衛戦」とも呼べる状況です。

「プライベートAI」という対抗策と武器

この非対称な状況に対する解決策として、ガートナーは「プライベートAI」の導入を推奨しています。これは、セキュリティが確保され、学習データが管理された環境下で運用されるAIソリューションを指します。市場にはすでに、CFOやIRチームが利用可能なプライベートAIツールが存在しており、世界的な大企業ではすでに導入が進んでいるといいます。

プライベートAIの導入が重要となる理由は二つあります。一つは、投資家と同じ土俵に立つための「分析能力の向上」です。投資家がAIで見ている自社の姿を、CFO自身もAIを用いて客観的に把握し、先回りして回答を用意することが可能となります。もう一つは「業務効率化と高度化」です。増加する問い合わせに対し、過去のQAデータや財務データを学習させた自社専用AIを用いることで、回答作成の時間を短縮し、人間はより戦略的な対話や、AIでは代替できない信頼構築に時間を割くことが期待されます。

CFOの役割再定義:情報の守護者から戦略的発信者へ

この変化は、CFOという職務の定義自体を拡張するものです。従来のCFOは、財務数値の正確な管理者であり、その数値を投資家に説明する役割を担っていました。今後は、AIが飛び交う情報空間において、自社の企業価値が正当に評価されるよう、情報の流通経路を設計し管理する「チーフ・インテリジェンス・オフィサー」としての側面が強まると考えられます。

Paige氏の言葉を借りれば、CFOは「マニュアルな手法」から脱却し、より「インパクトの高い優先事項」に時間を使うことが求められています。それはつまり、数字をまとめる作業ではなく、数字の背後にあるストーリーを、AI時代に即した形式で市場に浸透させる戦略立案です。AIツールをIRワークフローに組み込むことは、単なるコスト削減ではなく、企業価値を守るための必須の投資といえるでしょう。

見えない競争相手との対峙

多くの日本企業において、IRのデジタル化は「決算説明会の動画配信」や「英文開示の充実」といったレベルで議論されがちです。ガートナーが示す2026年の現実は、それらを遥かに超えた次元にあります。競争相手は同業他社だけではありません。自社の情報を勝手に解釈し、再構成する「外部のAI」こそが、向き合うべき新たな相手です。

この現実に気づき、早期にプライベートAI環境を構築して「守り」と「攻め」の体制を整えた企業と、旧態依然とした対応を続ける企業との間には、株価形成におけるボラティリティ(変動性)や、市場からの信頼度において大きな差が開くことが予想されます。見えないアルゴリズムとどう対峙するか。この問いへの解が、今後のCFOの評価を決定づけることになります。

今後の展望

2026年以降、IR活動は「人間対人間」の対話から、「人間対AI」さらには「AI対AI」のインタラクションを含む複合的な領域へと進化していくと想定されます。ガートナーの調査結果は、その入り口に過ぎません。今後は、企業側が提供するデータセット自体が、投資家のAIが読み取りやすい形式(マシンリーダブルな構造化データなど)で提供されることが、一種の「マナー」あるいは「評価基準」となる可能性が高いでしょう。

企業には、プライベートAIを活用して社内データの安全性と一貫性を担保しつつ、外部AIによる誤読を防ぐための「アルゴリズム向け広報戦略(AEO: Answer Engine OptimizationのIR版)」の構築が期待されます。これを怠れば、AIによる幻覚が市場のコンセンサスとなり、適正な株価形成が阻害されるリスクが残ります。

次の一歩として、経営層は自社のIRチームが現在どのようなツールを使用しているかを見直し、投資家が保有するテクノロジーとの間に「技術的格差」が存在しないかを確認することが必要となります。テクノロジーによる効率化と、人間による文脈の補完。この両輪を回せる体制こそが、次代の企業価値向上の鍵となるのかもしれません。

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