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生成AI時代の購買パラドックス:AI普及で高まる「人間」への依存度

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米フォレスター・リサーチは、2026年1月21日、B2B購買活動に関する最新の調査レポート『The State Of Business Buying, 2026』を発表しました。このレポートは、生成AIの普及が購買プロセスを根本から変革している一方で、意思決定における「人間」の役割がかつてないほど重要になっているという逆説的な現状を浮き彫りにしています。

企業が支出の正当性を厳しく問われる経済環境下において、購買担当者はリスク回避のために、社内外の広範なネットワークを駆使し、実証実験(トライアル)を前提とした慎重なプロセスを採用する傾向が強まっています。テクノロジーによる効率化と、人間による信頼性確認という二つの力が拮抗する中で、企業はどのような戦略を描く必要があるのでしょうか。

今回は、生成AI時代の購買行動の変化、意思決定プロセスの複雑化、調達部門の役割変化、そして実証主導型へのシフトについて取り上げたいと思います。

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生成AIが生む「情報の民主化」と「信頼の空洞化」

生成AIは、B2Bの購買プロセスにおける初期段階、すなわち情報の発見やソリューションの探索において不可欠なツールとなりました。いわゆる「アンサーエンジン」と呼ばれるAI検索ツールは、膨大な情報を瞬時に整理し、バイヤーに対して効率的な選択肢を提示します。これらは、従来のリサーチにかかる時間を大幅に短縮し、購買担当者が市場の全体像を迅速に把握することを可能にしました。AIは、製品仕様の比較や基本的な機能の確認といった定量的な情報収集において、圧倒的なパフォーマンスを発揮しています。

一方で、AIが生成する回答に対する不信感が、新たな課題として浮上しています。AIは時に不完全な情報や、文脈を欠いた不正確なデータを提供するリスクがあり、これが購買担当者の心理的な不安を増幅させている状況です。テクノロジーが進化し、情報へのアクセスが容易になればなるほど、その情報の「真偽」や「自社への適合性」を確認する必要性が高まります。

結果として、AIによる効率化が進む裏側で、信頼できる人間との対話や、確かな専門知識を持つアドバイザーからの裏付けを求める動きが加速しています。これは、デジタル化が進行する中で、逆説的にアナログな信頼関係の価値が再評価されていることを示しています。企業は、AIを活用しつつも、最終的な信頼を勝ち取るための人間的なタッチポイントを設計することが重要となります。

「集団的防衛」としての意思決定プロセスの巨大化

購買意思決定に関与するステークホルダーの数は増加の一途をたどっており、レポートによると、平均的な購買グループは社内から13名、社外のインフルエンサーを含めると9名、合計で20名以上の規模に達しています。この数字は、戦略的重要性が高い案件や複雑なソリューションの導入においてさらに増加する傾向にあります。一見すると、これは意思決定の遅延を招く「官僚的な障壁」のように映るかもしれません。ただ、深層にあるのは、組織全体でリスクを分散し、投資の妥当性を多角的に検証しようとする「集団的防衛」のメカニズムであると考えられます。

実際に、6名以上の大規模な購買グループを持つバイヤーの94%が、このプロセスに明確なメリットを感じていると回答しています。多様な視点を取り入れることで、導入後の運用リスクを事前に洗い出し、社内の合意形成をより強固なものにできるからです。財務、セキュリティ、法務、そして現場のユーザー部門など、異なる立場の関係者が早期に関与することで、導入後の摩擦を最小限に抑える効果が期待されます。

サプライヤー側にとっては、単一の担当者を説得するだけでは不十分であり、組織全体に広がる多様な関心事や懸念点に対し、それぞれの文脈に合わせた情報提供を行うことが求められています。これは、営業活動が「個への提案」から「組織全体のコンセンサス形成支援」へと質的に転換していることを意味します。

調達部門の変質:コスト管理から「価値の番人」へ

かつてはプロセスの最終段階で価格交渉を行う「ゲートキーパー」としての役割が強かった調達部門(プロキュアメント)ですが、その立ち位置は劇的に変化しました。現在では、購買サイクルの53%において調達の専門家が意思決定者として関与し、プロジェクトの初期段階から参画するケースが一般化しています。彼らは単にコストを削減することだけを目的にしているのではなく、導入しようとしているソリューションが組織の生産性や効率性にどのように寄与するかを厳しく精査しています。

この変化は、企業がIT投資に対してより厳密なROI(投資対効果)を求めるようになった背景と連動しています。調達担当者は、機能や仕様の詳細にまで踏み込み、それが現場の課題解決に直結するかどうかを見極めようとします。そのため、営業担当者よりも頻繁にサプライヤーと接触し、技術的な詳細や契約条件について深い議論を交わす場面も増えている状況です。

サプライヤーにとっては、調達部門を「説得すべき障壁」と捉えるのではなく、「価値共創のパートナー」として認識を改めることが必要となります。彼らの評価基準を理解し、単なる価格競争ではなく、長期的なビジネス価値を証明できる論理的な提案を構築することが、成約への鍵を握るといえるでしょう。

「論より証拠」の実証経済へのシフト

リスク回避の傾向が強まる中で、言葉による説明やマーケティング資料だけでは、購買の最終決断を下すことが難しくなっています。その結果、製品やサービスを実際に試用する「トライアル」が、購買プロセスにおける必須のステップとして定着しました。60%以上のバイヤーが、購入前に何らかの形でトライアルを実施しており、特に1,000万ドル(約15億円)を超えるような大型案件においては、その割合は78%に達しています。これは、バイヤーが「約束された価値」ではなく、「実証された価値」に対価を支払うようになっていることを示しています。

このトライアルの内容も、単なる無料試用期間の提供にとどまらず、顧客の環境に合わせたサンドボックス(検証環境)の構築や、実際の使用量に基づいたパイロット運用など、高度化しています。バイヤーは、自社のデータやワークフローを用いて、ソリューションが本当に機能するかどうかを厳しくテストします。ここで重要なのは、トライアルが単なる機能確認の場ではなく、サプライヤーとの将来的な関係性を占う「リハーサル」の場になっているという点です。トライアル期間中のサポート体制や、問題発生時の対応スピードも評価の対象となります。したがって、サプライヤーは、トライアルを営業プロセスの通過点としてではなく、顧客体験を提供する最も重要な機会として捉え直し、リソースを集中させることが期待されます。

今後の展望

フォレスターの分析が示唆するのは、生成AIが普及した2026年において、B2B購買は「情報の入手」から「信頼の確立」へとその本質を移行させたという事実です。今後、AIエージェントによる自動交渉や自律的な購買活動が進展すると想定されますが、最終的な意思決定の場面では、人間による多角的な検証と合意形成がより一層重視されるでしょう。

企業は、自社の製品を「売る」ためのマーケティングから、顧客が社内で「合意を形成する」ための支援へと、活動の軸足を移すことが求められています。具体的には、AIが提供できない「文脈に応じた深い洞察」を提供できる専門家の育成や、顧客のリスクを低減するための透明性の高い実証プロセスの整備が急務となります。また、社外のインフルエンサーや既存顧客のコミュニティを活用し、第三者による推奨や評価を可視化するエコシステムの構築も有効な戦略となるでしょう。

テクノロジーで効率化しつつ、人間的な信頼関係でクロージングする。このハイブリッドなアプローチによる高度な統合が、複雑化する市場で選ばれ続けることになるのかもしれません。

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