AIエージェント時代の到来と「新たな脅威」への対峙
ガートナージャパンは2026年1月22日、日本におけるセキュリティの重要論点を発表しました。
Gartner、2026年に押さえておくべき日本におけるセキュリティの重要論点を発表
生成AIの普及が「AIエージェント」の実装段階へと進み、量子コンピューティングの実用化が視野に入る2026年現在、サイバー攻撃の高度化と法規制の複雑化は、企業の存続に関わる重大な関心事となっています。
ガートナーの発表は、こうした環境下で日本企業が「場当たり的な対応による疲弊」という課題に直面していることを浮き彫りにしました。脅威への対処療法に終始するのではなく、セキュリティを「未来の価値創造」の基盤として再定義することが求められています。
本記事では、AIとの共生、ガバナンスの再構築、そしてレジリエンス(回復力)の強化という観点から、ガートナーの提言を読み解きます。その上で、経営層と現場が一体となって取り組むための具体的な展望について考察します。
「守り」から「経営戦略」へ:ガバナンスと規制対応の再構築
世界中でサイバーセキュリティに関する法規制が厳格化する中で、日本企業に求められるガバナンスの在り方は大きな転換点を迎えています。これまでセキュリティ対策はIT部門の管理事項と捉えられがちでしたが、現在では経営課題そのものとして認識することが必要となります。ガートナーは、経営層への質の高いインプットや投資判断材料の提供が、セキュリティ・リーダーの重要な責務であるとしています。
グローバル展開を行う企業にとって、各国の規制への準拠はビジネスを継続するための必須条件といえます。国内基準のみに依拠した判断は、予期せぬリスクを招く可能性があると考えられます。サードパーティやサプライチェーン全体を含めたリスク管理が不十分であれば、自社のみならず社会全体のオペレーションを停止させる事態にもなりかねません。
従来のITガバナンスの枠組みを超え、経営戦略と一体化したセキュリティ体制を構築することが重要となります。具体的には、越境データの取り扱いやAIガバナンスを含む包括的なポリシーを策定し、取締役会レベルで議論される体制への移行が期待されます。これは単なるルールの厳格化ではなく、信頼性の高いビジネス環境を構築するための投資であると捉え直す視点が求められています。
AIエージェント時代の到来と「新たな脅威」への対峙
2026年の大きな特徴として、自律的にタスクを遂行する「AIエージェント」の業務利用が拡大している点が挙げられます。これにより業務効率の飛躍的な向上が見込まれる一方で、AIそのものが攻撃対象となるリスクが顕在化しています。AIエージェントが乗っ取られた場合、人間になりすまして不正な操作が行われる恐れがあり、従来の認証システムだけでは防御が困難な状況です。
ガートナーは、AIのリスク、トラスト、セキュリティ・マネジメント(AI TRiSM)の整備が急務であると指摘しています。従業員がAIを利用する際のガイドライン策定はもちろんのこと、AIエージェントの権限管理や、生成されるデータの整合性を保証する仕組みが必要となります。また、SaaSや独自構築のAIが増加することで、アタック・サーフェス(攻撃対象領域)が拡大している点も懸念材料です。
市民開発者によるAI活用が進む中で、データの過剰共有や意図しない情報漏洩を防ぐためには、セキュリティ部門とデジタル推進部門の連携が不可欠です。AIを単なるツールとしてではなく、ひとつの「人格を持つ主体」と同様に管理・監督する新たな規律が求められています。技術の進化に対し、人間の意識と管理体制を同期させることが、安全なAI共生社会の前提条件となります。
オペレーションの進化と「先制的防御」への転換
脅威が高度化する中で、攻撃を受けてから対処する「事後対応」では被害を最小限に抑えることが難しくなっています。攻撃者の行動を予測し、事前に阻止する「先制的サイバーセキュリティ対策」へのシフトが重要となります。ガートナーによると、アタック・サーフェス・マネジメント(ASM)による脅威の可視化が広がりつつあるものの、予算や人材の不足により、実効性のある運用に至っていない企業も多いといいます。
「境界防御」の限界が指摘されて久しい中、内部侵入を前提としたゼロトラスト・ネットワーク・アクセス(ZTNA)の導入検討が進んでいます。しかし、ツールを導入するだけでは十分とはいえません。AIによるセキュリティ運用の自動化や異常検知への期待は高いものの、それを使いこなすためのプロセス整備やスキルセットの獲得が追いついていないのが現状と考えられます。
企業は、テクノロジーへの投資と並行して、それを運用する組織能力の向上に注力することが求められています。機械学習を活用した脅威分析を実運用に落とし込み、早期検知と即応体制を確立することが必要となります。防御の自動化を進めつつ、高度な判断を人間が行うという役割分担の明確化が、セキュリティ・オペレーションを進化させる鍵となるでしょう。
組織のレジリエンス:内部脅威とインシデント対応の深化
ランサムウェア攻撃や内部不正による情報漏洩は、企業の信頼を根底から揺るがすリスクです。ガートナーは、退職者によるデータの持ち出し(いわゆる「手土産転職」や「リベンジ退職」)といった内部脅威が深刻化していると警鐘を鳴らしています。これらは外部からの攻撃と異なり、正規の権限で行われるため検知が極めて困難です。PC操作ログの監視だけでなく、ユーザーの振る舞いを分析する検知メカニズムの導入など、性悪説に基づいた対策の強化が必要となります。
また、万が一インシデントが発生した場合の事業継続計画(BCP)の見直しも急務です。システムが停止した状態でも業務を継続するためのコンティンジェンシ・プラン(緊急時対応計画)が、実効性のあるものになっているか再確認することが求められています。身代金の支払い方針や情報公開のプロセスなど、平時には議論しにくいテーマについても、経営判断としての方針を明確にしておくことが重要となります。
レジリエンスとは、攻撃を防ぐことだけではありません。被害を受けた際に、いかに迅速に復旧し、信頼を回復できるかという「復元力」こそが問われています。属人化した対応ノウハウを排除し、組織全体で危機に対応できる体制を整えることが、持続可能な経営を支える基盤となります。
2026年以降の展望:信頼を価値に変えるセキュリティ戦略
2026年以降、セキュリティは「コスト」や「守り」の側面を超え、企業の「信頼(トラスト)」を形成する中核的な資産へと昇華します。量子コンピューティングの実用化が迫る中、現在の暗号技術が破られるリスクへの備えも始まりました。技術のパラダイムシフトが加速する中で、企業は単にリスクを回避するだけでなく、セキュリティの堅牢性を競争優位の源泉として活用する視点を持つことが必要となります。
これからの企業経営では、セキュリティ・リーダーが経営ボードに参画し、テクノロジーのリスクとビジネスの成長機会を統合的に判断する体制が重要となるでしょう。
