ゼロトラストはネットワークからデータ、「ゼロトラスト・データガバナンス」へ
ガートナーは2026年1月21日、企業データの未来に関する重要な予測を発表しました。その核心は、「2028年までに、企業の50%が未検証のAI生成データの増大に対処するため、データガバナンスにゼロトラストの姿勢を採用する」というものです。
2026年現在、CIO(最高情報責任者)などを対象とした調査では、回答者の84%が生成AIへの投資増額を見込んでいます。AI活用が加速する一方で、学習データや社内リソースには、AI自身が生成した「人間由来ではないデータ」が混入し始めています。これは、企業が依拠するデータベースやナレッジそのものの信頼性が揺らいでいることを意味します。
かつて「社内データは正しい」という暗黙の了解が存在しました。外部からの攻撃を防ぐ境界防御が主流だった時代から、内部ネットワークさえ疑うゼロトラストセキュリティへと移行したように、今後は「データそのもの」を疑い、検証し続ける姿勢が不可欠となります。
今回は、AI生成データの氾濫が招く「モデル崩壊」のリスク、その対抗策としての「アクティブメタデータ管理」、そして組織が配置すべき新たなリーダーシップと今後の展望について取り上げたいと思います。
ゼロトラスト・データガバナンスへのパラダイムシフト
ガートナーの予測が示唆するのは、従来の性善説に基づいたデータ管理の限界です。これまで企業は、社内のリポジトリに蓄積されたデータは人間が作成し、検証されたものであると「想定」してきました。社内データは信頼の源泉であり、意思決定の確固たる基盤であったといえます。
現在の状況は大きく異なります。従業員が生成AIを用いて作成したコード、ドキュメント、メールが、検証されないまま社内システムに還流しています。ガートナーのマネージング バイス プレジデント、ワン・フイ・チャン氏が指摘するように、「組織はもはやデータを暗黙的に信頼することも、それが人間によって生成されたと仮定することもできない」状況です。
ここで求められているのが「ゼロトラスト・データガバナンス」です。これは、すべてのデータに対し、その出所(プロベナンス)を確認し、人間による生成かAIによる生成かを認証・検証する仕組みを指します。財務やビジネスの成果を守るためには、データの信頼性を都度証明するプロセスが必須となります。
「モデル崩壊」という新たな脅威
AI生成データの無秩序な拡散は、将来的な大規模言語モデル(LLM)の品質に深刻な影響を及ぼすと懸念されています。LLMはWeb上のデータや書籍、論文などを学習リソースとしていますが、これらのソース自体にAI生成コンテンツが大量に含まれるようになっています。
AIが生成したデータを、次の世代のAIが学習し続けるとどうなるでしょうか。これは「モデル崩壊(Model Collapse)」と呼ばれる現象を引き起こすリスクを高めます。コピーのコピーを繰り返すと画質が劣化するように、AIが現実を正確に反映しなくなり、出力の精度や多様性が著しく低下する現象です。
企業が独自のAIモデルを構築、あるいはファインチューニングする際、自社データ内に未検証のAI生成データが混在していれば、そのモデルは最初から欠陥を抱えることになります。正確な現実認識に基づかないAIツールは、経営判断を誤らせる要因となり得ます。
アクティブメタデータ管理による対抗策
この課題に対する技術的な解決策として注目されているのが、「アクティブメタデータ管理」です。静的にデータを分類するだけの従来のカタログ化とは異なり、データが作成された瞬間からその属性、品質、作成主体(人間かAIか)を動的に追跡し、管理する手法です。
適切なメタデータ管理ソリューションを導入することで、組織はAI生成データを識別し、タグ付けすることが可能となります。これにより、データが古くなった場合や再認定が必要な場合にリアルタイムでアラートを発出したり、重要な意思決定プロセスから未検証のデータを除外したりする自動化が実現します。
メタデータ管理は単なる整理整頓のツールではなく、AI時代における「データの検疫所」としての役割を果たします。どのデータが「AIフリー」であり、どのデータが「検証済み」であるかを可視化することは、今後の競争優位性を左右する重要な要素となります。
変化する規制環境とコンプライアンス
AI生成コンテンツの急増に伴い、規制当局の動きも活発化しています。一部の地域や管轄区域では、AI生成データに対する厳格な管理や、「AIフリー」であることを証明する要件が強化されると想定されます。一方で、より柔軟なアプローチを採用する地域も現れるでしょう。
地理的に異なる規制要件に対応するためには、組織全体で統一された識別能力を持つことが重要となります。チャン氏が指摘するように、AI生成データを識別・タグ付けする能力は、法的なリスク回避だけでなく、倫理的なビジネス運営においても必須の要件となります。
情報の管理やナレッジマネジメントに熟練した人材を育成し、テクノロジーと人の両面からコンプライアンス体制を構築することが求められています。規制への対応はコストではなく、データの透明性を担保する投資と捉える視点が必要となります。
組織的対応:AIガバナンスリーダーの設置
技術やルールの導入だけでは不十分であり、組織構造の変革も必要となります。ガートナーは、AIガバナンス、ゼロトラストポリシー、コンプライアンス運用を統括する専任のリーダー(AIガバナンスリーダー)を任命することを推奨しています。
このリーダーには、データ&アナリティクス(D&A)チームと緊密に連携し、AIに対応可能なデータ基盤とシステムを整備する役割が期待されます。また、サイバーセキュリティ部門や法務部門を含む部門横断的なチームを組成し、包括的なデータリスク評価を実施することも重要な責務です。
既存のデータガバナンスの枠組みを活用しつつ、セキュリティポリシーやメタデータ管理、倫理規定を「AI前提」の内容にアップデートすることが急務です。誰がそのデータを作ったのか、その責任の所在を明確にすることが、組織の健全性を保つ最後の砦となります。
今後の展望
これからの数年間で、ビジネスにおける「データ」の価値基準は劇的に変化すると考えられます。AIによる生成物が溢れかえる中で、「人間が思考し、作成し、検証したデータ」の希少価値は相対的に高まっていくでしょう。
2028年に向けて、企業は「検証されたデータを持つ組織」と「AI汚染により現実との接点を失った組織」の二極化が進むと想定されます。前者は高精度な意思決定と独自性のあるAIモデルを武器に成長しますが、後者はモデル崩壊とコンプライアンス違反のリスクにさらされ続けることになります。
この変化に対応するため、企業は以下の行動を起こすことが推奨されます。 第一に、データの「出自」を問う文化を醸成することです。 第二に、アクティブメタデータ管理への投資を行い、データの品質をリアルタイムで監視する仕組みを整えることです。 そして第三に、AIガバナンスを経営の重要課題と位置づけ、権限を持ったリーダーを配置することです。
「ゼロトラスト」を冷徹な監視システムとしてではなく、真正な情報を守り抜くための「品質保証システム」として再定義できるかが、AI時代には重要な条件となっていくでしょう。
