金融機関が直面する「ベンダー依存」からの脱却
IDC Japanは2025年12月16日、「国内金融IT市場の最新予測」を発表しました。これによると、2026年の市場規模は前年比5.7%増の3兆6,001億円、2029年には4兆4,453億円に達すると予測されています。
金融業界では長年の課題であったレガシーシステムの刷新がピークを迎える一方で、生成AIやWeb3といった先端技術への投資が加速しています。一見すると順調な右肩上がりの成長市場に見えますが、その内実には大きな変化が生じています。それは、金融機関が従来の「システム開発の外注」から「ビジネス創出のための内製化」へと舵を切り始めたことです。これは、ITベンダーやSIerにとって、既存のビジネスモデルが通用しなくなる可能性を示唆しています。
本稿では、市場拡大の裏で進行する「支出の質的変化」と、金融機関およびITパートナーが直面する新たな構造的課題、そして今後の展望について取り上げたいと思います。
「守りの投資」が牽引する現在の成長軌道
国内金融IT市場は、2025年から2029年にかけて年間平均成長率(CAGR)7.3%という堅調な拡大が見込まれています。この成長を現在支えているのは、メガバンクや大手保険会社を中心とした「既存システムの刷新」や「モダナイゼーション」です。長年運用されてきた勘定系システムなどのレガシー資産は、複雑化・ブラックボックス化しており、俊敏なビジネス展開の足かせとなってきました。
これらを解消し、クラウドネイティブな基盤へと移行する動きは、金融機関にとって避けては通れない「生存のための投資」といえます。現在進行中の大型プロジェクトは、市場全体の下支えとして機能しており、少なくとも向こう数年間は、この基盤整備需要が市場規模を押し上げる主要因となり続ける状況です。

出典:IDC Japan 202.12.16
拡大する「規模の経済」と地域間格差
市場全体としては拡大基調にありますが、業態別に見るとその濃淡は明らかです。メガバンクや大手損保、そしてデジタルネイティブなネット金融機関が積極的な投資を続ける一方で、地域金融機関の動向は二極化の様相を呈しています。一部の有力な地方銀行では勘定系システムの刷新が進められていますが、地域経済の停滞が長期化する中で、多くの第二地方銀行や信用金庫・信用組合では、IT投資への余力が限定的となることが想定されます。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質が「デジタル技術による競争優位の確立」にあるとすれば、投資体力の差はそのまま将来の競争力の差へと直結しかねません。業界再編を含む経営統合の議論とも相まって、IT投資戦略の成否が金融機関の存続を分ける重要なファクターになると考えられます。
「作るIT」から「創るIT」への質的転換
2026年以降、既存システムの刷新が一巡した段階で、市場の潮目は大きく変わると予測されます。焦点は「業務効率化」から「新規ビジネス創出」へと移行するといいます。具体的には、BaaS(Banking as a Service)や組み込み型金融による異業種連携、Web3ビジネスの展開、そして生成AIやAIエージェントを活用した顧客体験の変革です。
これらは従来のウォーターフォール型のシステム開発とは異なり、市場の反応を見ながら高速で改善を繰り返すアジャイルなアプローチが必要となります。もはやITはバックオフィスの支援ツールではなく、金融商品の競争力そのものを決定づけるコアコンピタンスへと昇華しつつあります。このフェーズにおいて、金融機関は「ITを使いこなす」だけでなく「ITで稼ぐ」主体へと進化することが求められています。
「内製化」が突きつけるSIerへの警鐘
ここで注目すべき最大のポイントは、デジタルビジネス領域における「プレイヤーの変化」です。スピードと柔軟性が命となる新規事業領域では、仕様書を書いてベンダーに発注する従来のスタイルでは市場の変化に追随できません。そのため、大手金融機関やネット銀行を中心に、開発の内製化やスタートアップ企業との直接連携が進むと考えられます。
これは、従来のシステムインテグレーター(SIer)やITベンダーにとって、市場規模が拡大しても自社の売上拡大には直結しない「豊作貧乏」のリスクを意味します。金融機関が自らエンジニアを抱え、テクノロジー企業としての色彩を強める中で、外部ベンダーへの依存度は低下していく可能性が高い状況です。
共創パートナーとしての新たな存在意義
内製化の潮流は不可逆的ですが、すべての領域を金融機関単独でカバーすることは現実的ではありません。ここに、ITベンダーの新たな勝機が存在します。求められているのは、単なる「労働力の提供」や「システムの納品」ではなく、金融機関の自走を支援する「伴走型サポート」です。
例えば、アジャイル開発のメソドロジー導入支援、高度なセキュリティ技術の提供、あるいは最新技術を持つスタートアップとのハブ機能などが挙げられます。ベンダーは「請負業者」から、共にビジネスを成長させる「戦略パートナー」へと自己変革を遂げることができるか。その適応能力こそが、2029年以降の市場での立ち位置を決定づけることになります。
今後の展望
国内金融IT市場は、2029年に向けて量的拡大と質的転換の同時進行という稀有な局面に突入します。金融機関にとっては、システム刷新という「過去の清算」を終えた後、いかにデジタル技術を用いて新たな収益源を確立できるかが問われます。
一方、ITベンダーにとっては、顧客の内製化という構造変化に対し、自社の提供価値を再定義する大きな転換点となります。今後は、金融機関とベンダーが従来の受発注関係を超え、エコシステム全体で価値を共創する関係性の構築が不可欠となるでしょう。経営層には、目先のシステム更新だけでなく、5年後の競争環境を見据えた人材戦略とパートナーシップの再構築が求められています。
