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SDVが再定義する「移動」の価値と2030年の産業地図

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富士キメラ総研は2025年12月19日、自動車産業の未来を占う重要レポート『SDVで変わる通信の進化とサービス市場の将来展望 2026』を発表しました。本レポートでは、ソフトウェアによって機能が定義・更新される「SDV(Software Defined Vehicle)」の世界市場が、2040年には現在の約2.9倍となる61兆8,082億円に達すると予測されています。

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出典:富士キメラ総研 2025.12.19

この数字が示唆するのは、単なる市場規模の拡大ではありません。自動車というプロダクトが、物理的な「移動手段」から、継続的に価値を提供する「サービスプラットフォーム」へと本質的に変質することを意味します。ハードウェアのスペック競争から、ユーザーの時間をいかに豊かにするかという「体験」の競争へ。

本記事では、2030年以降に急拡大が予想されるSDV市場の構造変化、中国が先行する統合コックピットの潮流、そして自動車メーカーが直面するビークルOSの課題と今後の展望について取り上げたいと思います。

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「完成」しないクルマの誕生と価値基準の転換

SDVの本質は、新車販売時が「製品価値のピーク」ではなくなる点にあります。これまでの自動車は納車時が最新かつ最高の状態であり、経年とともに陳腐化していくのが常識でした。しかし、OTA(Over The Air)技術の実装により、購入後もソフトウェアの更新を通じて機能が向上し続けることが可能になります。これは、製造業としての「モノづくり」の論理から、ソフトウェア産業的な「継続的な価値提供」へとビジネスモデルが根本から覆ることを意味します。

ユーザーが求めているのは「最新のソフトウェア」そのものではありません。「常に最適化された安全機能」や「古さを感じさせない快適な操作性」という実利です。レポートが示す通り、2030年以降に市場が急拡大するという予測は、この新しい価値基準が一般層にまで浸透し、自動車選びの決定打となるタイミングを示唆していると考えられます。

サービス市場が牽引する60兆円経済圏の正体

市場予測の内訳を見ると、最も大きな伸びしろを持つのが「サービス」分野です。2040年には市場全体の過半を占めることが予想されます。現状では、テレマティクスデータを活用した利用ベース保険(UBI)や車載決済などが中心ですが、SDVの普及とともにその様相は一変するでしょう。

自動運転技術の進展に伴い、車内は「運転する場所」から「移動するリビングルーム」や「オフィス」へと意味合いを変えます。これにより、動画やゲームなどのエンターテインメント、あるいは移動空間ならではの新たなサービスへの支払意欲が高まると想定されます。自動車メーカーにとっては、車両販売による一時的な収益よりも、IDに紐づいたリカーリング(循環型)収益が経営の柱となる未来が示されています。ハードウェアを売る企業から、移動時間をマネタイズするプラットフォーマーへの転身が求められています。

統合コックピットに見るUX競争と中国の先行

ハードウェア領域において注目されるのが、2040年に現在の約3.9倍、2兆7,800億円規模への成長が見込まれる「統合コックピット」です。メーターやインフォテインメント、運転支援システムなどを一元管理するこのシステムは、ドライバーとクルマをつなぐ最重要インターフェースとなります。

ここで見逃せないのが、EV普及が進む中国市場の先行です。中国メーカーは、自動車を「巨大なスマートデバイス」と捉え、UX(ユーザー体験)の差別化に注力しています。一方、日本市場ではEVの普及スピードとの兼ね合いもあり、搭載車種は限定的です。しかし、2026年以降の次世代E/Eアーキテクチャー採用拡大に伴い、日本でも急速な立ち上がりが期待されます。安全性への寄与はもちろん、パーソナライズされた空間演出など、感性に訴えかける価値の創出が競争優位の鍵となるでしょう。

ビークルOSを巡る「協調」と「競争」のジレンマ

SDVの頭脳とも言える「ビークルOS」の動向は、業界の勢力図を左右する重要テーマです。レポートでは2040年に現在の6.2倍への成長を予測していますが、現状では各メーカーが独自OSの開発にしのぎを削っています。独自のOSを持つことは、データの囲い込みや差別化において有利に働く一方、膨大な開発リソースの分散という課題も孕んでいます。

スマートフォン業界がiOSとAndroidに集約されたように、自動車業界においても、すべてのメーカーが独自OSを維持し続けることは非効率となる可能性があります。将来的には、基礎部分となるOSは業界標準のものを共有し、その上のアプリケーションやサービス層で競争するという「協調領域」と「競争領域」の切り分けが進むと考えられます。この標準化の波にどう乗るか、あるいは独自の生態系を貫くかが、各社の命運を分けることになるでしょう。

今後の展望

今回の調査結果は、自動車産業が「ハードウェア製造業」から「モビリティサービス産業」へと脱皮する過程を鮮明に映し出しています。2030年に向けて市場が立ち上がる中、日本企業にとっての勝機はどこにあるのでしょうか。それは、世界に誇る「すり合わせ技術」と「ソフトウェア」の高度な融合にあると考えられます。

SDV時代においても、乗り心地や静粛性、安全性といった物理的な品質(ハードウェア)の重要性は失われません。むしろ、高度なソフトウェアをストレスなく稼働させるためには、堅牢なハードウェアが不可欠となります。日本企業には、ハードウェアの信頼性を担保しつつ、オープンな姿勢で他社製OSや異業種のサービスを取り込み、エコシステム全体を設計する柔軟性が求められます。

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