データセンター向けスイッチ市場は前年同期比62.0%増、800GbEへの移行が加速
米国の市場調査会社IDCは2025年12月11日、2025年第3四半期(3Q25)の世界イーサネットスイッチ市場に関する調査結果を発表しました。その内容は衝撃的なものであり、市場全体の売上高は前年同期比で35.2%増の147億ドル(約2兆2000億円相当)に達しました。
この爆発的な成長の背景にあるのは、明確に「AIインフラの構築競争」です。特にハイパースケーラーやクラウドサービスプロバイダーによるデータセンターへの投資意欲は凄まじく、AI時代における計算能力の拡張が、そのままネットワーク帯域の拡張へと直結している現状が浮き彫りになりました。かつて、ITインフラの主役はサーバーやストレージでしたが、現在はそれらをつなぐ「ネットワーク(足回り)」が、AIの性能を決定づける最重要コンポーネントとなっています。
本稿では、単なる市場規模の拡大という事実を超えて、データセンター内部で起きている技術的な質的転換、ベンダー勢力図の劇的な変化、そして米国を中心とした投資の偏在が示唆する日本の課題について、詳細に分析します。その上で、今後のビジネス環境において企業がどのようなインフラ戦略を描く必要があるのか、その展望について取り上げたいと思います。
AIファクトリー化するデータセンターと「800GbE」の爆発的普及
今回のIDCの発表において最も注目されますのは、データセンター向けスイッチ市場が前年同期比62.0%増という驚異的な伸びを記録した点です。これは、従来の業務アプリケーションを処理するためのデータセンターから、AIモデルの学習や推論を行うための「AIファクトリー」へと、施設の役割が根本的に変質していることを意味します。AIワークロード(処理負荷)は、膨大なデータを並列処理するために、サーバー間で低遅延かつ広帯域な通信を絶え間なく行います。そのため、ネットワークの性能がそのままAIの計算速度に直結するのです。
この変化を象徴するのが、通信速度の高速化トレンドです。調査結果によれば、800GbE(ギガビットイーサネット)対応スイッチの売上は、直前の四半期(2Q25)と比較して91.6%も増加しました。また、200/400GbEスイッチも前年同期比で約2倍(97.8%増)に成長しており、これらがデータセンター向け収益の過半数を占めるに至っています。かつて主流であった100GbE以下の帯域では、もはや最先端のGPUクラスターの性能を引き出すことは困難であり、インフラの更新サイクルがかつてないスピードで加速しています。企業にとっては、既存のネットワーク機器の償却サイクルを見直し、AI対応の高速バックボーンへの投資を優先順位の上位に据えることが求められています。

出典:IDC 2025.12
既存ベンダーの再編と「ODM Direct」「NVIDIA」の台頭
ベンダー別の市場シェア動向を見ると、IT業界の勢力図が大きく塗り替えられつつある様子が見て取れます。長年市場を牽引してきたCisco Systemsは、売上高を前年同期比8.9%伸ばしトップシェア(29.8%)を維持していますが、市場全体の成長率(35.2%)と比較すると、その支配力は相対的に変化しています。一方で、AI半導体の王者であるNVIDIAのイーサネットスイッチ売上は前年同期比167.7%増と爆発的に伸長し、データセンターセグメントにおいて11.6%のシェアを獲得しました。これは、GPUとネットワークを垂直統合で提供する同社の戦略が、市場に深く浸透していることを示しています。
さらに見逃せないのが、「ODM Direct(相手先ブランドによる設計製造)」の急伸です。前年同期比152.4%増となり、データセンターセグメントの売上の約3割(30.2%)を占めるまでになりました。これは、GoogleやMicrosoft、Amazonといった巨大なクラウド事業者が、特定のブランド製品ではなく、自社の仕様に合わせてカスタマイズされたホワイトボックススイッチを大量に調達していることを示唆しています。また、2025年7月にJuniper Networksの買収を完了したHPE(Hewlett Packard Enterprise)も、非データセンター領域での強みと合わせて12.5%のシェアを確保しており、「メガクラウド対抗」のエンタープライズ市場における競争軸も鮮明になっています。
キャンパスネットワークの底堅さと「エッジAI」への布石
データセンター市場の狂乱的な成長に目を奪われがちですが、企業のオフィスや拠点ネットワーク(キャンパスおよびブランチ)を含む「非データセンター」セグメントも、前年同期比8.2%増と堅調な成長を見せています。ここには、ハイブリッドワークの定着に伴う無線LAN環境(Wi-Fi 6E/7)の整備や、拠点におけるセキュリティ強化の需要が含まれています。しかし、より重要な視点は、この領域にもAIの影響が波及し始めていることです。
従来の「つながればよい」というネットワークから、AIを活用した運用自動化や、端末から収集されるデータをエッジ(端末側)で処理するための基盤としての役割が求められています。実際、25/50GbEといった中速帯域のスイッチが20.9%増と伸びていることは、拠点内バックボーンの高速化が進んでいる証と言えます。企業活動の現場であるキャンパスネットワークが、クラウド上のAIとシームレスに連携するための「神経網」として再定義されつつあり、HPE(Aruba)やCiscoといった伝統的なエンタープライズベンダーは、この領域でのAI管理機能の拡充にしのぎを削っています。
地域間格差の拡大と「AI主権」を巡るインフラ競争
地域別の市場成長率に目を向けると、世界のAI投資がどこに集中しているかが浮き彫りになります。米州市場は全体で41.6%増、中でも米国のデータセンター向け市場は66.1%増という突出した数字を記録しました。これに対し、EMEA(欧州・中東・アフリカ)は24.7%増、アジア太平洋地域は32.7%増となっており、成長はしているものの、米国との勢いの差は歴然としています。これは、生成AIの開発と運用における主導権を米国企業が握っている現状を、物理インフラの側面から裏付けるものです。
この「インフラ格差」は、将来的な各国の産業競争力に直結する重大な課題です。AIモデルのトレーニングには莫大な計算資源が必要であり、その基盤となる高速ネットワークインフラを持たない国や地域は、AIの「利用者」にはなれても「開発者」や「提供者」になることは難しくなります。日本を含むアジア太平洋地域において、米国勢に依存しない独自のAIインフラ、あるいはソブリンクラウド(経済安全保障の観点から自国内でデータを管理・処理する基盤)を構築するためには、官民挙げたネットワーク投資の加速が必要不可欠な状況にあると言えます。
今後の展望
今回のIDCのレポートは、2025年がネットワークインフラにとって「AI対応への強制アップデート」の年であったことを証明しました。今後の展望として、短期的には800GbEのさらなる普及と、それに続く1.6TbE(テラビットイーサネット)の実用化に向けた動きが、2026年にかけて加速することは確実です。しかし、そこには「電力消費」という新たな壁が立ちはだかります。高速化するスイッチと光トランシーバーの発熱量は増大の一途をたどっており、今後はCPO(Co-Packaged Optics:光電融合技術)のような、省電力化を実現する革新技術の実装が市場の勝敗を分ける鍵となるでしょう。

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