AIがソフトウェア開発の構造を再定義する
2025年10月15日、ガートナージャパン株式会社(以下Gartner)は「国内ソフトウェア開発におけるAI活用の現状」に関する調査結果を発表しました。
Gartner、国内のソフトウェア開発におけるAI活用の現状に関する最新の調査結果を発表
調査によると、ソフトウェア開発のあらゆる工程・用途においてAIの導入が急速に拡大しており、わずか1年で利用率が倍増するという結果が明らかになりました。特にコード生成やコードレビューなど、コーディング領域での導入が顕著です。
一方で、要件定義や設計といった上流工程でもAIの活用が広がりつつあり、AIはもはや「支援ツール」ではなく、開発プロセス全体を支える中核基盤となりつつあります。また、9割近い開発者がAI活用を肯定的に捉えており、開発文化そのものの変革が進んでいることも浮き彫りになりました。
今回は、AI活用の進展、得られた成果と課題、そして開発者の意識変化について取り上げていきたいと思います。
開発プロセス全体に広がるAI活用
Gartnerが2025年7月に実施した調査では、ソフトウェア開発に関わる400人の個人を対象に、AIの利用状況を9つの工程・用途別に尋ねました。その結果、「現在使用中」と回答した割合は31.8~49.0%に達しました。最も高い利用率を示したのは「コード生成・補完」(49.0%)で、次いで「コード・レビュー」(40.0%)、「要件定義」(39.8%)が続きます。
2024年6月の前回調査時点では、各工程における利用率は12.8~21.2%にとどまっており、1年あまりで倍以上に拡大したことになります。特に注目されるのは、要件定義の利用率が14.4%から39.8%へと急増している点です。ガートナーの関谷和愛ディレクターは「コーディング関連での伸びは予想通りだが、要件定義など上流工程での急伸は想定を超える」と指摘します。
AIがコード生成だけでなく、要件分析や仕様策定など"人間の思考"に近い領域にも入り込んできたことで、開発のあり方自体が大きく変わろうとしています。
出典:Gartner 2025.10
成果を実感する開発者たち――生産性向上が最大の効果
AIツールを利用している回答者(363人)のうち、最も多く挙げられた成果は「開発効率・生産性の向上」(57.9%)でした。次いで「コード品質の向上」(44.1%)、「ドキュメント品質の向上」(30.6%)が続きます。9割弱の開発者が何らかの成果を実感しており、単なる実験段階を超え、AIが実務に定着しつつある状況がうかがえます。
特に生成AIによるコード補完や自動ドキュメンテーションは、開発スピードの向上だけでなく、チーム内のナレッジ共有やコード標準化にも貢献しています。開発者が反復作業から解放され、より高付加価値な業務に時間を割けるようになった点も評価されています。
こうした成果は、プロジェクトのリードタイム短縮や品質改善といったビジネス価値に直結しており、AI導入のROI(投資利益率)を押し上げる要因にもなっています。
顕在化する課題も――セキュリティと保守性の壁
成果が広がる一方で、AI活用に伴う課題も明確になってきました。回答者が挙げた上位の課題は、「脆弱性の生成や情報漏洩といったセキュリティ問題」(31.3%)、「生成コードのライセンスや著作権の問題」(26.4%)、「保守性の低下」(25.6%)です。
生成AIが生み出すコードはスピーディである反面、意図しない依存関係やライセンスリスクを内包する可能性があります。また、AIモデルの更新に伴う出力の変化が、既存システムの再現性や長期的な保守性に影響を及ぼす懸念も指摘されています。
企業にとっては、AIの恩恵を享受しながら、ガバナンスやセキュリティリスクへの対応を両立させることが求められています。Gartnerは、AI利用ポリシーの明文化と教育、モデル監査の仕組みづくりを進めることが重要だとしています。
9割がAI活用に前向き――変わる開発者マインド
調査によると、AI活用に対して「非常に肯定的(どんどん進めるべき)」と回答した開発者は46.7%、「肯定的(課題より成果が大きい)」が43.0%で、合わせて89.7%に達しました。否定的な意見はわずか1.3%にとどまっています。
この圧倒的な肯定感の背景には、実際の成果を実感している開発者の存在があります。Gartnerの分析によれば、「生産性向上」や「品質改善」を実感している層ほど、AI活用への信頼が高く、さらに積極的な導入姿勢を示す傾向が明確です。
関谷ディレクターは「開発者の意識がここまでポジティブに変化したのは象徴的です。ツール導入を越えて、AIと共に開発を進める"共創"の時代に入りつつある」と述べています。
今後の展望
今回の調査は、国内のソフトウェア開発におけるAI活用が量的拡大から質的変化へ移行しつつあることを示しています。コード生成やレビューの支援を超え、要件定義や設計といった上流工程への浸透は、AIが「知的パートナー」としての役割を果たし始めたことを意味します。
今後、AIがプロジェクト全体のリスク分析やスケジュール最適化、さらには顧客要件の理解・翻訳といった領域に踏み込む可能性があります。その一方で、生成コードの透明性確保やデータガバナンスの整備が企業競争力の差を左右する局面も増えるでしょう。
Gartnerは、ソフトウェア・エンジニアリング・リーダーに対し、AI活用を「個人のスキル強化」ではなく「組織の開発基盤改革」として位置づけることを推奨しています。開発者の意識がポジティブであり、戦略的かつ安全なAI導入の実行フェーズに踏み出す時期に来ています。