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開発ツールビジネスの再生に格闘。マーケティングの視点で解説

能動的な創造性が学習意欲を強化する

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新しいことを学習するときに、最初は習うより慣れろ、郷に入っては郷に従え、とばかりに、我流を押し殺して、まずは、しっかりと教えを請うことが重要だ。ちょっとした経験があったりして、「ああ、あれはそれですね」なんて自分のテリトリーにこもって物事を捉えようとしていると、なかなか上達はしないものだ。

こういった経験は、技術的な裏づけと創造性を要求される活動については、ことさら当てはまる。絵画、音楽をはじめとする芸術活動、またソフトウェア開発なんかもこれに近い。自らの創造性をカタチにしようとしても、技術的にしっかりしたものがないと、実現できない領域だ。「自分には自分のやり方がありますから」ではだめなのだ。「やりたいこと」と「やれること」がうまく結びついて、はじめて創造性がカタチになる。

この視点で考えると、初心者には2つのタイプがあることに気づく。ひとつは、本当の初心者。生まれて初めて楽器を習う人、はじめてのプログラミングなど。何を表現したいか、何を作りたいかは決まっていない。「やりたいこと」と「やれること」の両方が混沌としている状態だ。

もうひとつは、経験豊富な初心者。「ピアノはやったことありますけど、ヴァイオリンも習いたいです」とか、「ベルリンフィルを指揮したことありますけど、うちのCDで」みたいな楽器初心者や、Basicではずっと開発やったましたけど、Webプログラミングははじめてで、のようなエンジニア。「やりたいこと」は決まっているけど、「やれること」とのギャップがある。

前者の初心者についていえば、学習意欲を継続することが難しい、ということをよく聞く。しっかり勉強している人と、続かない人の二極化もあるという。なぜ続かないのかと聞くと、やりたいことが見えないからだという。プログラミングでは、「作りたいプログラムがないから」。

この感覚は深層心理では、習い事が長続きしないことと共通している。ピアノを習い始めていきなりショパンが弾けないのはあたりまえで、基本をしっかり学んでいかなければならないのはいうまでもない。しかし、その長くてつらくて退屈な基本学習が、どうも自分のめざす音楽にリンクしていないように感じてきてしまうのだ。

プログラミングの世界でも、基本構文を覚えたり、テキストに載っている演習問題をこなしても、自分の作りたいクールなプログラムに到達するとはとても思えない。ほしいものはネットで手に入るし、自分の作りたいものはこの努力の延長線上にはないんじゃないか、と感じるわけだ。

実は、学習者のパラダイム変換は、この過程に起こる。自分の作りたいもの、表現したいものを、現在の自分のスキルのなかからでも創出できるようになると、がぜん面白くなってくるのだ。そうなると漠然とした、自分の作りたいものではなく、現在やっていることの延長線上に創造性を発揮できるようになる。地に足の付いた創造性だ。こうなると強い。

教える側は、この過程をしっかり理解し、彼らの創造性がつながる瞬間までうまく導いてやらなければならない。

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