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NvidiaのArm買収はなぜ警戒されるのか

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以前、NvidiaのArm買収が各方面からの抵抗に遭っているという記事を書いたのですが、事態は収束するどころか、さらに深刻化しているようです。

立ちはだかる多くの難関 NVIDIAのArm買収

その理由はある意味簡単で、この記事にもあるように「GPU製造大手のNVIDIAと、さまざまな分野で使われるCPUコアをライセンスしているArmの組み合わせは大きなインパクトを与える。」からです。要するに、NvidiaもArmも影響力が大きすぎて、その2社の合併を皆が怖がっているのです。以前書いた記事では、

Nvidia の Arm 買収に暗雲 ~ソフトバンクにとっては良いことか?

米国内のArmライセンシーが懸念を示し、中国政府が反対する可能性について書いていますが、先月には英国政府も調査を始めると発表しました。

英政府、NVIDIAのArm買収に介入--安全保障上の影響を調査へ

こちらは、明確に「安全保障上の影響」と書いています。通常IT業界の買収案件が政治問題化することは少ないと思うのでが、米中対立の中、今後こういったことは増えていくのかも知れません。

baisyu_m_and_a.png複雑な背景が絡み合っている今回の買収案件ですが、その側面のひとつとして、Armの特異な立ち位置を知っておく必要があります。

CPUの設計図を販売するArm

ArmはCPUを「設計」する会社です。特に組み込み機器やモバイルデバイス用の省電力CPUに特化しており、Armが設計したCPUは、世の中のスマートフォンの95%以上に採用されているということです。(これは大量の電力を消費する高性能なIntelとの直接の競合を避けたためとされています)しかし、私たちが知っているスマートフォン用のCPUはAppleのA14であったり、QualcommのSnapdragonであったりと、Armという名前は聞いたことがありません。

それは、ArmはCPUを設計してその設計図を売って利益を得るというビジネスモデルを採用しているからです。Arm自身はチップを作っていませんから、私たちはArm製のチップを見かけることはありません。しかし、Armが設計したチップはスマホ以外にも、さまざまな電子機器の制御、自動車、IoT機器などに搭載されています。Armと何らかの関係を持つパートナーは全世界に1,400社以上あるということで(あのIntelもライセンスを持っています)、その影響力がわかるでしょう。半導体を作ったり設計したり、あるいは利用したりする企業の多くがArmと契約を持っているのです。

そう考えると、そのArmをNvidiaという「半導体企業」が買収すると言うことの意味が大きいこともわかります。Softbankという「投資会社」が持っているのとはまるで意味が違うのです。なによりもNvidia自身がArmのライセンスを持っており、Armベースの自動運転用チップなどを作っています。つまり、Armのパートナー企業は自動的にNvidiaのライバルなわけです。

そのライバル企業にArmを買収されるとなれば、パートナー企業の心中は複雑です。これまでどおり各社平等に情報開示を受けられるのか、不利な契約条件を押しつけられないか、ライセンス料金を引き上げられないか、共同開発の成果がNvidiaに流れないか、Nvidia製のGPUを抱き合わせで押しつけられるのではないか・・・と、心配は尽きないわけです。

最初の記事には、

「何百ものライセンシー、開発者、その他の人々の運命は、Armプラットフォームと切っても切れない関係にある。買収を受け入れ、買収後も関係を維持するしかない」

という関係者の言葉が紹介されています。そして、「(もし、買収が承認された場合の)NVIDIAからの報復を恐れ、記録に残るような発言を控えているのだ」と続きます。皆、本心では嫌がっているけれども声を上げられない、ということのようです。

ムーアの法則が限界を迎えようとしている中、CPUの性能が自動的に上がっていく時代は終りました。今後は、AI処理やグラフィック処理を強化した独自のチップによって製品やサービスを差別化していかなければなりません。しかし、CPUを最初から自社で作るのはそれなりに大変です。Armから基本的な設計を買って自社の独自技術と統合すれば、迅速かつ安価に独自チップを手に入れることができるのです。

そして、さらに大切なのは開発環境やコンパイラなどの周辺技術、いわゆるエコシステムです。RISC-Vなど、オープンソースのCPUアーキテクチャもありますが、エコシステムを含めた全体で考えると、まだまだArmにはおよばないとされています。Armは数十年をかけて周辺技術を進化させてきましたし、その結果1,400社のネットワークを造り上げました。パートナーとの共同開発やパートナー同士の情報交換も、開発のしやすさを決める大切な要素です。

現状で独自チップによって他社との差別化を図ろうとするとArmが最善の選択肢であり、だからこそ、その独立性や中立性の行方に皆の注目が集まっているのです。

 

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BCN CONFERENCEでの基調講演が記事化されました

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