DXは何故わかりにくいのか? ~DXの3つの段階
Microsoftが、DX支援組織「X(クロス)インテリジェンス・センター」についての発表を行いました。
この記事の中でセンター長の吉田雄哉さんは、こんなことを言っています。
「DXでは企業文化の変革や新しいビジネスの創出をやっていくべきだが、国内企業のDXは、業務効率化による生産性向上が主流で、本来の目的とズレが生じている。DXでは、これまでのデジタル化とは異なり、全社的な観点でのデータ活用が必要だ」
そう。「国内企業のDXは、本来の目的とズレている。」のです。何故こんなことになってしまったのでしょうか?
本来のDXとは何か?
DXの公的な定義としては、経産省が2018年にまとめたDX推進ガイドラインでの、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」というものがあります。吉田さんもこの定義を元に「ズレている」と言っているのでしょう。
しかし、実際巷には、この定義に合わないDXの話が沢山あるのです。これは恐らく、DXという言葉が流行り始めたため、多くの企業や人がさまざまな立場・さまざまな思惑からDXの話をし始めたせいではないでしょうか。(「クラウド」が流行り始めた頃にも、同様のことが起きましたね)Wikipediaですら、いくつかの定義を併記しています。しかも、どれも抽象的で具体的にどうすればDXを達成できるのかがいまひとつよくわかりません。これでは、DXに取り組もうとしている企業は混乱してもおかしくありません。
こういった、「なんとなく格好良いので皆が使っているけれども、実は定義が不明確」という言葉を「バズワード」と言いますが、DXはまさに「明確な定義が無いままに使われている」状態ということでしょう。経産省の定義を使う人が最も多いですが、もう少しその認知が広まらないと、明確な定義とまでは言えないのではないでしょうか。
DXは二つに分けられる?
それでも、いろいろなサイトを見ているうちに、どうも今DXとして扱われている概念は、大きく二つに分けられるのではないかと思うようになりました。それは、経産省の定義に沿った『変革』と、もうひとつは最新技術を使って今のコンピュータシステムをもう少し便利にしようとする『業務改善』です。吉田さんの言う「業務効率化」でも良いかも知れません。
私はこの二つに、これまでの「業務のコンピュータ化」の段階を加えて、コンピュータの誕生から本来のDXまでを3つの段階に分けてはどうかと考えています。
第1段階「業務のコンピュータ化」
コンピュータが生まれてからクラウドまでの時代は、様々な業務をコンピュータに「そのまま」移し替えることが主に行われました。会計や在庫管理、生産管理をコンピュータを使って効率化・高速化させることができ、正確さも向上しました。
この段階では、コンピュータ出現以前の業務プロセスを、そのままコンピュータ上に移し替えただけでした。欧米では1990年代にBPR(Business Process Re-engineering)が提唱され、旧来のプロセスではなく、コンピュータ時代にあった業務プロセスに移行させよう、ということになりましたが、日本ではあまり盛り上がらなかったようです。こうして日本では、旧来の業務プロセスがそのまま温存されてしまったようです。
第2段階「新たな技術を使ったコンピュータ化の改善」
クラウドの出現以降、IT環境は劇的な変化を遂げました。ビッグデータの活用が可能になり、仮想化、コンテナ、サーバーレスなどのインフラの進化、AIやIoTなどのテクノロジーの実用化、ブロックチェーンなどのネットワーク前提の新しいパラダイムなど、これまでの「コンピュータ」とはまったく別のITインフラが生まれたのです。当然欧米ではこの新しいインフラ上に最適化された業務プロセスを載せるという方向で話は進んでいます。(これはですから、第3段階ですね)
ところが日本では、これまでオンプレミスで稼働させていたシステムを、構成やプロセスはそのままで、クラウド上のIaaSサーバーに「移行」させるという「クラウド化」が幅を効かせているということです。相変わらず業務プロセスの話にはなっていません。
第3段階「組織、プロセス、企業文化の変革」(本来のDX)
第2段階までは、「コンピュータの無かった頃の業務手順」がそのまま残ってしまっていましたが、それを「ネットやクラウドが最初からあるものとして」業務手順を再構築し、同時に組織や人事評価基準、ひいては企業文化も変えていくのが第3段階の「本来のDX」です。しかし、これは大仕事ですし、失敗すればそれこそ企業の存続にすら影響します。経産省のガイドラインの最初に「経営戦略・ビジョンの提示」や「経営トップのコミットメント」が並んでいるのは、これだけの大改革は、経営トップが自ら先頭に立たなければ実現は不可能であるからに他なりません。本来のDXがどうあるべきかについては今日は書きませんが、以下に斎藤さんの力作があります。
自社がどの段階にあるのかを確認してからDXへの取り組みを
日本企業の多くは第1段階にあると考えられます。そういった企業がDXを考えるとき、手前にある第2段階の技術に目が行ってしまうのは仕方のないところでしょう。また、第2段階を踏んで第3段階を目指すという考え方もあります。しかし、その場合でもきちんと第3段階を見据えた上で取り組まないと、思わぬ落とし穴に落ちる可能性もあります。
ここ数年もてはやされているRPA(これをDXと言っている人もいます)は第2段階に属する技術と考えられますが、ひょっとすると第1段階の最後なのかも知れません。RPAの特徴は「業務手順にも既存システムにも一切手を付けずに省力化できる」です。つまり、RPAでは旧来の業務プロセスが温存されてしまうどころか、「非効率な業務プロセスを永遠に閉じ込めてしまう」入れ物になってしまう可能性も高く、これでは第2世代どころか、第1世代にシステムを固定してしまいます。詳しくはこちらに書きました。
第1段階にある企業がいきなり第3段階に挑むのは不可能なのでしょうか? 経営者の関与も明確な目標も無ければ、これは無理でしょう。しかし、経営者の強い決意と明確なビジョン、そして才能と努力を持って取り組めば、決して不可能では無いはずです。何よりクラウドは「失敗のコストが安い」システムです。様々な新技術を貪欲に試してみることから、道は開けるのでは無いでしょうか。
「?」をそのままにしておかないために
時代の変化は速く、特にITの分野での技術革新、環境変化は激しく、時代のトレンドに取り残されることは企業にとって大きなリスクとなります。しかし、一歩引いて様々な技術革新を見ていくと、「まったく未知の技術」など、そうそうありません。ほとんどの技術は過去の技術の延長線上にあり、異分野の技術と組み合わせることで新しい技術となっていることが多いのです。
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