バーチャルの終焉
新しい本の執筆も一段落してきたので、このところ良い本を紹介してもらって(先日ご紹介した『スターバックス再生物語』のように)少しずつ読書ペースを元に戻しつつあります。で、いま"Net Locality: Why Location Matters in a Networked World"という本を読み始めたのですが、これがなかなか良い感じ。モバイル端末の進化と位置情報系サービスの登場によるウェブ/社会の変容を考察する本で、いろいろと刺激されるネタが満載といったところです。
例えば本書の冒頭で、次のような指摘がなされています:
The belief that the world of atoms was distinct from the world of bits was partly a consequence of the technologies we used to connect to the web. Using a stationary desktop computer to "enter" the web often meant that users had to be sitting down in front of a screen – a position that precluded many activities in the physical world.
「アトムの世界(現実空間)とビットの世界(電脳空間)はかけ離れたものである」という捉え方がもたらされた要因のひとつは、私たちがウェブに接続する際にかつて使用していた技術にある。デスクトップPCを使い、ウェブに「入って行く」という行為は、ユーザーにスクリーンの前に座ることを要求する。この状態は、物理世界における多くの行為を不可能にするものだ。
確かにリアルとバーチャルを分けて考えるという姿勢(ITmedia読者の皆さんには受け入れがたいものだと思いますが)は、PC時代の名残と言えるかもしれません。バーチャルの世界はデスクトップPCという、固定された「関所」のようなものを通じて入って行く必要があり、その中にある情報はプリントアウトのような形で「持ち出す」ことを要求されるものでした。かつては。
しかし現在はどうでしょうか。本書は「ウェブはもはや『入って行く』存在ではなく、私たちの身の回りに常に存在するものになった」と指摘しているのですが、この表現の通り、進歩したモバイル端末を通じていつでも・どこでもバーチャルの世界に触れることが可能になりました。ARや位置情報系サービスを使えば、文字通りリアルとバーチャルを重ね合わせて体験することが可能です。こうした体験を続けていれば、リアルとバーチャルを分けて考えることの方が不合理になって行くのではないでしょうか。
1990年代にトロント大学のポール・ミルグラムは、リアルとバーチャルを一続きのものとして捉えるコンセプト「現実/仮想連続体(Reality–virtuality continuum)」を唱えました。既にARや位置情報系サービスはこの世界観を実現しているとも言えますし、好むと好まざるとに関わらず、現実とウェブが(モバイル端末を介して)一続きの存在になるという状況が後戻りすることはないでしょう。
その意味で、スマートフォン時代には「バーチャル」という捉え方は薄れて行くのかもしれません。純粋に空想の産物でさえも現実世界に重ね合わせることができることは、昨年箱根で行われた「実物大ARエヴァ」イベントで証明されています。現実の一歩先にはデジタル情報があり、逆にデジタル情報の一歩先には現実があるという前提から製品/サービスの設計を行うことが当然となる時代も、もう間もなく到来するのではないでしょうか。
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