政変と「物語」のチカラ
「赤い風船探しコンテスト」や脳科学の軍事利用など、奇妙な研究を世に送り出しているDARPA(米国防高等研究計画局)ですが(最近も「みんなで新しい戦闘車両つくろうぜ!」コンテストなんてものを実施しています)、今度は「物語」の力を安全保障の分野でどう活用するか?という研究に着手しているそうです:
■ Defense Dept. Research Arm DARPA Tackles Storytime (Fast Company)
今年の2月28日、DARPAが"Analysis and Decomposition of Narratives in Security Contexts"(安全保障の分野における物語の分析と分解)というワークショップを開催する予定とのこと。これはSTORyNET(Stories, Neuroscience, and Experimental Technologies / 物語、神経科学および試験的技術)というプログラムの一環として行われるもの……と言われても何のことやら?という感じですよね。
確かに物語=ストーリーテリングが持つ力については、数年前から経営面でも注目されていて、関連書籍も数多く出版されているのでご存知の方も多いでしょう。しかし国防関係の機関が物語に注目するというのは、どういった背景があるのでしょうか。記事ではこんな解説がされています:
As DARPA notes, "stories exert a powerful influence on human thoughts and behavior. They consolidate memory, shape emotions, cue heuristics and biases in judgment, influence in-group/out-group distinctions, and may affect the fundamental contents of personal identity." Sure the research group leapfrogs the argument that narratives played a vital role in early human survival (allowing transfer of best-practise knowledge) and modern social evolution (as in the Bible, Koran). (There are even myths about this concept.) But let's go with it. DARPA's not talking about campfire chats, anyway, it's talking about narrative discussions between people--often from an authority figure to a group. It highlights there's "no surprise that these influences make stories highly relevant to vexing security challenges such as radicalization, violent social mobilization, insurgency, and terrorism."
DARPAは次のように解説している。「物語は人間の思考と行動に強い影響を与える。物語によって記憶が強固なものとされ、感情が形成され、判断において推測や偏見を促し、内と外の区別に影響を与え、アイデンティティを形成する根本的な部分にも作用するだろう。」このような話を聞くと、研究者たちは、物語が初期の人類にとって生存に不可欠な役割を演じた(ベストプラクティスの知識を伝播させるという形で)とか、近代社会の発展を促した(聖書やコーランなどの例)といった議論を飛び越しているように感じるかもしれない。しかしそれは脇に置いておこう。DARPAはキャンプファイヤでおしゃべりしているわけではないのだ。彼らが扱おうとしているのは、人々の間で交わされる物語――しばしば権力者から社会集団へともたらされるものについてである。「物語が持つ影響力は、急進化や暴力的な社会運動、内乱、テロなど、安全保障上の問題と物語との関係を非常に深いものにしている」とDARPAは語っている。
以前も少し触れたことがありましたが、抗議活動中に死者が出ることによって、その活動が逆に勢いを増すというケースは珍しくありません。イランではネダさんという女性が、チュニジアではブアジジさんという男性が、そしてエジプトではサイードさんという男性が抗議活動に関連して命を落としており、その後の反政府運動において象徴的な存在となっています。これも1つの「物語」であり、圧政の苦しみが一人の人物の姿で置き換えられることで、その意味合いが共有されやすくなるのでしょう。だとすれば、DARPAが物語の重要性について研究するというのも納得できます。
DARPAの研究では、「物語とは何か?何が人を動かすのか?傍観者を参加者に変えるメカニズムは?」といったポイントについて分析が行われるとのこと。ただし当然ながら、メカニズムを明らかにすることで留めるつもりはないようです:
This is all about situational analysis at first, but ultimately it's about psy-ops. DARPA is trying to work out how narrative discussions in society--be they on TV, in person, over cell phones or via social media/IM systems--influence political acts like radicalization of potential terrorists in Afghanistan or the social upheaval in Egypt. Once it has a tool for working this out, the natural next step is to try to work out how US forces could influence stories to result in a more favorable outcome (for the U.S.).
この研究は当初、状況分析として行われるが、最終的には「心理的軍事行動」に関係してくる。DARPAは社会の中(TV上、個人間、携帯電話やソーシャルメディア/IM経由など)で行われる「物語的」な会話が、アフガニスタンの潜在的テロリスト達の先鋭化や、エジプトにおける民衆蜂起などの政治的行動にどのように影響するのかを解明しようとしている。彼らがそのための道具を手に入れたとしたら、当然ながら次に続く行動は、米軍が(米国にとって)好ましい状況をつくり出すために「物語」をどう活用すべきかを解明する、というものになるだろう。
北アフリカで起きている政変の中で、どの程度インターネットが影響しているのかについてはまだ議論が続けられています。しかし少なくとも、ソーシャルメディアの普及により、人々の間で高速な情報共有を可能にするプラットフォームが生まれつつあるのは事実でしょう。その上に、それ自体が強い伝播力を持つ「物語」というコンテンツが投じられたら――私たちがチュニジアで、そしてエジプトで目にしたような急速な社会変革を自在に引き起こす力を、DARPAは手にしようとしているのだと言ったら煽りすぎでしょうか。
ともあれ、ソーシャルメディアの時代には、プロパガンダは古くて新しい手法になるのかもしれませんね。ビジネスパーソンとして、消費者として、あるいは国民として。物語の力を再び認識し、知識を得ておく必要が増しているのではないかと思います。
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