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【書評】『数字で世界を操る巨人たち』

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武田ランダムハウスジャパン様より、『数字で世界を操る巨人たち』をご献本いただきました。ありがとうございます。ということで、いつものように紹介と感想を少し。

2~3年ぐらい前からか、「データを分析する(数字を操る)ことで様々な因果関係が分かるようになっている」「それをビジネスや行政に活かそうという動きがある」「では私たちはどう行動すべきか?」という本が増えてきたように感じます(このブログでも過去にいくつかご紹介してきましたので、文末の関連記事をご参照下さい)。本書もそんな本の1つで、ビジネスの分野だけでなく、「テロリストを見つける」「病気の兆候を見つける」「恋人を見つける」といった様々な活動に数学・数字が活かされていることが紹介されています。とはいえ、語り口は物語風で、ビジネス書というよりもドキュメンタリーのような感覚で読むことができるでしょう。

世の中のあらゆる事象がデータ化され、分析される。そのメリットとデメリットはかねてから議論されてきたわけですが、本書はその流れが続いていること、分野によってはさらに加速していることを示してくれます。例えばまるでセイバーメトリクスで野球選手を分析するように、オフィス内での行動を数値化・分析して従業員の評価や配置を行おうという動き。ますます多くの仕事に情報端末が使われるようになり、さらに情報処理がクラウドなどといった形で集権化されることで、これまでは計れなかった行動が計測可能になっているわけですね。またその上で生活するだけで、行動データを自動的に医療機関に送ってくれる「魔法のじゅうたん」(当然そのデータは分析されて病気や事故の察知に活用される)など、意識的に「これまでは計れなかったもののデータ化」が進められている例も紹介されています。

では、私たちはそんな時代にどう望むべきか。その答えはビジネスとして考えるのか、個人として考えるかによって違ってくるでしょう。まずビジネス面ですが、著者のスティーヴン・ベイカー氏は<数の達人>(数学知識を駆使して実際に分析にあたる人々)だけでなく、あらゆる分野の人々にチャンスがあると説きます:

自動車が誕生したころを振り返ってみよう。ミシガン州デトロイトやドイツのシュトゥットガルトの向上で、技術者は歴史の流れを変えようとしている新しい機械の製造に取り組んでいた。だが、ピストンと発電機の違いさえわからない多くの人々にも、車から財産を築く道が開けていた。そのためには、時代の趨勢を把握し、それに適したビジネスをはじめればいい。郊外に住宅地やショッピングセンターがつくられ、車に乗ったまま食べられるファーストフードのレストランが開店した。ハイウェーの建設を見越して土地が買われ、パナマ運河を通れないほどの大型タンカーが売られた。F1(フォーミュラ・ワン)やアメリカ自動車競技連盟のレースは、周囲を巻き込んで巨大な娯楽産業に成長している。先見の明のある人々に、自動車は惜しみなく富をもたらした。

数学的才能があるかどうかではなく、先見の明があるかどうか。当たり前の話ですが、自動車メーカーが世界を支配しているわけではないように、新しい環境をどう活用するかが成功の分かれ目となってくるわけですね(その意味で、本書のタイトル「数字で世界を操る巨人たち」にはちょっと語弊があるように感じます)。

では、個人として見た場合はどうか。ご想像の通り、そこにはプライバシーの問題が登場します。誰だってオフィスでネットサーフィンしている時間を計測されたくないですし、たとえタイプしている文章の語彙数から脳の衰えを判断する(本書に実際に登場する例のひとつです)ことができたとしても、Google Docsが勝手に医療機関にデータを横流しするなんてことは認めたくないでしょう。

一般的にはここで「こんな時代はけしからん、みな用心すべきだ」となるのでしょうが、本書の結論は若干異なります:

こんな時代が現実味を帯びてくるにつれて、個人には自分自身をどこまで隠すかの判断が求められる。

<中略>

新しい時代には、わたしたち全員が、もっとも個人的なデータを、少なくともかぎられた人々には、見せることになる。場合によっては、みずから進んで、あるいは、一応は納得して、与えるのかもしれない。たとえば、HIVに感染した患者は、治療法の研究のために、症状や気分、さらには習慣についてさえ、多くの情報を提供したいと思うだろう。ただし、一つだけ重要な条件がある。それは当人の名前が伏せられることだ。個人的なデータは教えても、正体を明かすわけにはいかない。

こうなると、プライバシーや秘密について考え直す必要が生じてくる。

この意見は、最近のネットサービスに慣れ親しんでいる方々には受け入れられやすいのではないでしょうか。例えばTwitterにしても、「~を食べた」「~にいる」などこれまではプライバシーの範疇に含まれていたような情報をネット上に公開するわけで、「人々とのつながり」というリターンを得ているわけですね。実際にプライバシーの概念には変化が生じつつあると指摘する論評も多いですから、データが世界を支配する時代には、新しい考え方が必要になってくるのでしょう。

ではどんな考えで望めば良いのか。あるいは、世間の人々はどんな新しい態度を取るようになるのか。それを考え、予測するのに、本書で示された様々なストーリーが役立ってくれるのではないでしょうか。少なくとも現在というタイミングで読んでおいて損はない本だと思います。

数字で世界を操る巨人たち 数字で世界を操る巨人たち
伊藤 文英

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著者スティーヴン・ベイカー氏のインタビューがダイヤモンドオンラインで公開されていますので、興味のある方はぜひ:

『フリー」のクリス・アンダーソン絶賛!『数字で世界を操る巨人たち』著者 スティーヴン・ベイカー 特別インタビュー「私たちはみな数値化され、その行動はますます先読みされる」

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