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IT業界でベンチャービジネスの支援をしている執筆者が日々の活動ログと感じたことを、徒然なるままに書き綴っていきます。

娘が美術の道を歩いていくことを決めた瞬間

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Beach昔から絵が好きで、いつも絵ばかりかいていた娘。「やるからには、本気でやれ!」というのがモットーの妻の娘に生まれて、小学校が進学校だったので、そのまま勉強を頑張り、お受験ガイドに出る学校の上位成績者の選抜クラスに合格しました。中学校に入学し、そのまま6年後の大学受験に向かって猛勉強をしていた中学校1年生のころ、やりたいことを我慢しながら受験勉強をしている娘を見て、「このままでは娘が壊れてしまう。」と考え、中学校でも成績上位であったのですが、美術を志すべく、転校を決意させ、私立の学校から私立の美術系の学校へ転校しました。中学校1年の1月に決断し、転校先の校長先生、教頭先生と話をし、編入試験の合格と現在の学校からの許可を得ればOKとのことになりました。成績は良かったので編入試験を受験し、難なくパス。そして最大の難関の現在の学校の書類を得るフェーズになりました。私立学校の生徒が他の私立学校に転校するのはメンツがつぶれるため、父親の転勤以外の理由では、結構大変なのです。娘が担任の先生に自分の将来のことを話し、担任の先生が「ガンバレ!」と学校に働きかけてくれたおかげで、無事転校ができました。いろいろあった担任の先生でしたが、転校を決意して3か月で転校できたのもこの担任の先生のお蔭です。私はこの件についてとても感謝しています。

384246_320037141339688_233716478_nこの時、娘は「もう絵の世界でないと食べていけない」という覚悟を持っていたようです。その気持ちの強さが周りを動かしていたのかもしれません。

どうせやるなら、早いほうが良いということで、中学校から美大受験の勉強ができる予備校を探し、高校生に混ざって絵の勉強を始めることになりました。

その予備校で、教務主任の先生との面接のときに言った言葉が「私はもう絵の世界でないと生きていけないのです。宜しくお願いいたします!」とのことでした。中学校1年生の娘を何がここまで追い込んだのかということも、今になってもよくわからないのですが、娘にはもうその道しかないと思ったのは事実なのだと思います。

となりの切り絵は、小学校の時に作った切り絵です。なかなか良くないですか?素人の私にはわからないのですが、技術的にはまだまだ足りないことがいっぱいあるのだと思いますが、良い切り絵だと思います。娘は今、予備校で技術力と、デザイナーとしての心構えを学んでいます。

Img013_2まだまだ、好きな絵をかきたいらしく、休み時間に右のような絵をササッとかいてはストレスを発散しています。書きたいものがたくさんあるようです。プロになると、クライアントの依頼の制約の中で自身の創造を働かさなければいけなく、いろいろ大変なようです。絵の世界は技術だけではだめで、感性とか人間性が最後勝負を分けるようで、これからたくさんのことを乗り越えていかなければいけないのでしょう。きっと。そのような中で全日本学生美術展の水彩画部門で学年で一番になったのは、少し自信になったようです。今通っている予備校は日本トップクラスの美術の予備校で、なかなかレベルが高いです。このような場所で仲間と切磋琢磨しながら成長していってほしいです。

親の人生は親の人生で、子供の人生はこのものもの。結局、親はきっかけ作りと、お金と、背中でしか支援できないです。といっても親は親で結構大変なんですけどねw

ただ、子供の人生を決める大きな瞬間に大きくかかわり、支援できたことがとっても嬉しいです。親としての人生もまだまだ長いですし、これからもたくさんのことがあると思いますが、親として発展途上であるこの段階でも私は言いたいです。子供を作ることができる人は是非子育てをしてほしいです。親も得られることが大きいですし、これほど素晴らしいものはないです。ものすごーく大変な作業ですが、生涯をかけるに値する一大作業です。子供を産むチャンスがある人は是非取り組んでください。親が頑張れば頑張るほど、大変ですが得られるものはとても大きいと思います。まさに私が生きたあかしであり、私が生まれてきた価値に値すると思っています。

 

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