ランプ産業がなくなっても照明業界がなくなるわけではない
企業システムのIT環境で、「仮想化」はもう当たり前になったが、「クラウド」はまだまだ導入していない企業が多い。今回と次回はIT色を強め、クラウドコンピューティングについて考える。
■クラウドが与えるインパクト
以前「個人向け技術から企業向け技術へ」として、民生技術が先行することを書いた。クラウドも同じである。もともと、クラウドは一般消費者向けのメールサービスから発展したと考えて良いだろう(Hotmailのサービス開始は1996年である)。現在では、アプリケーションを提供するクラウド(SaaS: Software as a Service)は高度なカスタマイズが可能になっているし、PaaS(Platform as a Service)を使えばサーバーインフラをほとんど考えずにアプリケーションが構築できる。IaaS(Infrastructure as a Service)では物流コストを考えずにサーバーを即座に調達でき、不要になれば無償で廃棄できる。いずれも何らかの形で仮想化技術を利用しているからだ。
クラウドにはさまざまな側面があり、簡単に論じることはできない。クラウドの普及で「サーバーインフラを担当する人が減り、アプリケーション構築を担当する人が相対的に増える」という意見もあるし、アプリケーション構築ツールが同時に普及することで「すべてのITエンジニアが減る」という予測もある。いずれにしても産業構造が変わる可能性を持っていることは確かだ。
■歴史に学ぶ、産業の変化
新しい技術が登場することで産業構造が劇的に変わった例はいくらでもある。ここでは「仕事がなくなった例」「仕事が変わった例」そして「仕事が変わらなかった例」を紹介したい。
■仕事がなくなった例
ランプ産業は、電灯の発明と電力システムの普及により規模が大幅に縮小した。自動車の登場により、馬車の御者や、馬車馬の世話係は消滅した(ITエンジニアには馬車馬のように働いている人もいるようだが)。ただし、照明産業がなくなったわけではないし、交通産業がなくなったわけでもない。
小説シャーロック・ホームズのシリーズには「taxi」という単語がよく登場するらしい(私は英語で読んでいないので分からない)。当時既に自動車は実用化されていたが、ホームズが乗ったのは自動車ではなく馬車(辻馬車)である。邦訳でも「辻馬車」になっている。調べたら、辻馬車は「キャブリオレ(馬車の一種)」からスタートし(英語のcabはここから派生)、後に「taxi meter」と呼ばれる運賃算出装置が追加され「taxi」と呼ばれるようになったらしい。
その後、自動車産業が発展し、辻馬車は自動車によるタクシーに変わった。馬の世話をする人はいなくなり、自動車の整備をする人が登場したが「個人の移動手段」としての位置付けが変わったわけではない。
クラウドの発展により、なくなる職種もあるだろうがIT業界がなくなるわけではない。
■仕事が変わった例
ひと昔の写真家は、撮影した後は現像所に仕事を任せることができた(モノクロ写真時代は自分で現像もしていた)。デジタルカメラと画像処理技術の発達により、写真家は現像所に頼らずに画像処理ができるようになった。
私は一度だけ「プロラボ」と呼ばれるプロ向けの現像所を利用したことがある。見本写真を添付して「この辺を明るく」「ここはコントラストを付けて」といった指示をするだけで、ほぼ指定通りの写真に仕上げてくれる。楽ではあるが、完全に思った通りに仕上がるわけではない。場合によっては何度かやりとりすることになる。
現在は、Photoshopなどのソフトウェアで写真家自身が画像処理(レタッチ)を行なうことが多い。撮影者の意図を忠実に表現できる代わりに画像処理技術を習得する必要がある。実は、レタッチ技術はそれほど簡単なものではない。
写真家はデジタルカメラというツールを取り入れるとともに、今まで外注していた仕事も取り込んでしまったのである。「昔は撮影後に(プリントが仕上がるまで)休憩があったのだが、今は休みがない」と、プロ写真家がぼやいていた。
クラウドでは、比較的簡単にアプリケーションの構築ができるので、従来の単なる利用者が、アプリケーション開発者の役割を兼ねる可能性が増えると考えられている。IT業界は縮小し、利用者の仕事が増えるということだ。
▲ステージ写真を適切にプリントするのは難しいが、デジタルなら素早く何度でも試行錯誤できる。
この写真は数時間前に撮影したものだ。便利になった反面、撮影者の仕事が増えたと考えることもできる。
(Model: MOBACO.)
■仕事が変わらなかった例
どんなにツールが進化しても、変化していない職業もある。それは何だろう。そしてIT業界では何に相当するのだろう。次回は変化しない職種について考える。