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IT技術者教育に携わって25年が経ちました。その間、変わったことも、変わらなかったこともあります。ここでは、IT業界の現状や昔話やこれから起きそうなこと、エンジニアの仕事や生活について、なるべく「私」の視点で紹介していきます。

世界最古の職業から学ぶITの職種

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前回は、職種が変化しても産業は変わらないことを指摘した。今回は変化しない職種について考える。

 

■二千年前の職業

一般に「世界最古の職業」と言えばあの仕事(この場にふさわしい話題ではないので書かない)だが、こんなジョークもある。

答え: 政治家。世界は混沌から始まったが、混沌を作り出したのは政治家だから。

しかし、このジョークはなかなかいいポイントをついている。変化しない職業の代表が政治家と教師だ。

議会制政治が確立して以来、政治家の仕事はほとんど変わっていない。本質的な部分では、古代ギリシアの都市国家の一部や、共和制時代のローマまでさかのぼることができる。実に2,000年前の話である。

教師はどうだろう。NHKで放送された「ハーバード白熱教室」の人気は衰えず「白熱教室」としてシリーズ化されている。白熱教室の先生はPowerPointなどの電子ツールは使わず、学生と対話しながら講義を進める。その手法はソクラテスが用いた対話法に近い。2,400年も前の話である。

 

■変わるものと変わらないもの

今まで変わらなかったものはこれからも変わらない可能性が高い。IT業界は、仮想化とクラウド時代を迎えて大きく変化しつつある。そこで変わらないものを見つけなければ生き残れない。

マンガ家の水木しげるは、マンガを書く以前は紙芝居作家だった。紙芝居とマンガは、どちらも絵とストーリーで構成されているから、紙芝居作家からマンガ家への転身は簡単なように思う。しかし実際に転身した人は少なかったそうだ。それは、紙芝居は筆で描き、マンガはペンで描くからだという(荒俣宏の電子まんがナビゲーター「第1回水木しげる編」現在はリンク切れ)。道具にこだわり、筆をペンに持ち替えなかった人はマンガに移行できなかったのだ。

紙芝居を「筆で描いた絵にストーリーを付ける娯楽」と考えた場合、その産業はなくなった。しかし「絵にストーリーを付ける娯楽」は巨大な娯楽産業に発展した。そして現在、ペンとスクリーントーンはパソコンに変わりつつある。マウスやタブレットの操作はペンとは違うので、全員が移行したわけではないが、入稿処理はデジタル化した方が簡単になるため、若い世代から移行が進むだろう。また、編集部からデジタル化の要請があるかもしれない。それに、読み手からすれば作画の道具に大きな意味はない。

IT業界も同じことが言える。何が本質で、何が道具なのかをよく見極め、古い道具や時代に合わない道具は捨てて、新しい道具に乗り換える必要がある。

 

■IT業界のツールの変化

IT業界で使われてきたツールはずいぶん変わった。1950年代から振り返ってみよう。

まずコンパイラが発明され、プログラマの負担が大幅に軽くなった。コンパイラが登場した頃は「人間が書いたアセンブリコードの方が効率的」と言われた。しかし、圧倒的な生産性の高さとコンパイラ技術の進歩、そしてCPUの複雑化により、現在はコンパイラなしのソフトウェア開発は考えられない。

コンパイラが発明された当時は「自動プログラミング」と呼ばれたが、もちろん自動的にプログラミングをしてくれることはない。アルゴリズムを考えるのは人間の仕事である。

次に、スクリーンエディタと対話処理が発明され、コンピュータを使ったプログラミングができるようになった。現在では構文のチェックや自動補完までしてくれる。しかし、依然としてアルゴリズムを考えるのは人間の仕事である。

さらに4GL(第4世代言語)と呼ばれる簡易言語が登場した。位置付けとしては現在のMicrosoft Accessみたいなものだ。データベース機能と入力フォーム機能があって、結果を表出力できる。しかし、業務ロジックまで自動化できるわけではない。

4GLの延長線上には、ExcelマクロやVisual Basicがある。これらのツールにより、非職業プログラマでもプログラミングができるようになったが、それは職種の融合であって、職種がなくなるわけではない。写真家が画像処理をするようなものだ。

大規模なプログラムの作成は現在でも職業プログラマに頼る必要がある。商業写真の世界では、レタッチ専門のプロがいるのと同じだ。

 

■IT業界の本質

IT産業の本質は何か。それは「コンピュータを使って業務を効率化したり、人間の能力を高めたり、娯楽を提供したりすること」である。少なくとも今のところ、IT産業としてはコンピュータが必要条件である。

では、過去から現在に至るまで変化していないIT系職種は何だろう。私は以下の領域と考えている。

  • 業務分析…業務を分析し、仕様書を作る作業。普段の業務がどのような構造になっているのかは、自分ではなかなか分からないものである。
  • システム開発…業務が停止しない信頼性の高いシステムの開発。プログラマの使うツールはずいぶん変わったし、従来プログラマが担当していた一部の領域(または多くの領域)は一般利用者が自分で受け持つことになるだろう。しかし、特に高い信頼性が必要で、大規模なプログラムは職業プログラマの能力が必要である。
  • プロジェクト管理…納期までに、予定した機能を、予算内で実装できるように管理する仕事。プロジェクト管理には、人間関係の調整なども含まれており、なかなか自動化できない。「バベルの塔」の失敗も言語が変わったことによるコミュニケーションミスが原因である。実に5,000年も前の(架空の)話だ。
  • 運用管理…できあがったシステムを安定して稼働し続ける仕事。一般利用者がシステムを利用する上でのサポートは機械では難しい。また運用のトラブルは人間の操作ミスも多い。ミスのない運用を考え、万一のミスをリカバーする仕組みはこれからも必要だろう。

よく見ると、これら領域にはすべて人間(業務)が絡んでいる。そういえば政治家も教師も人間に関わる職業である。人間に近いところほど変化しない。なぜなら「人間はそんなに変化しないから」。というのが私の結論である。

そもそも、人間に奉仕することはITの本質的である。時代が変わり、ツールが変わっても「コンピュータを使って業務を効率化したり、人間の能力を高めたり、娯楽を提供したりすること」の意味は変わらない。大事なことは「人間を見る」ということである。

クラウドの普及により、多くの技術革新や利用形態の変化が起きるだろう。しかし、それを使う人間が変わらない以上、人間に関わる仕事が変わるはずはない。何が道具で何が本質かを見極めて変化に対応しよう。

そういえば、俗に言う「世界最古の職業」も人間を相手にした仕事だ。

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▲シンガーソングライターの宮崎奈穂子さん
アコースティックピアノから電子ピアノになって、音を出す原理は変わり、機能も増えたが、本質は変わらない。

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