セルフサービスと分業~地下アイドルとまなみのりさ~
少し前、「もしもインターネットがなかったら・・・昭和のビジネスを再現してみた」という記事が話題になっていた。
私は、ここに出てくる時代の末期に入社しているので、登場する状況の多くを体験した。模造紙のプレゼンテーションは知らないがOHPは日常的に使っていたし、テレックスは既に使っていなかったが回線は残っていた。風呂敷は使っていなかったが、客先訪問に昭文社の地図は必須だった。エアシューターも見たことがある。
OHP時代の後期は、ズームや表示を消すシャッターが付いた高級機が登場し、便利になったと思ったものだが、PowerPointとプロジェクターが登場してあっという間に使われなくなった。若い人はそもそもOHPを知らないらしい。アラン・ドロンの映画「太陽がいっぱい」で、「主人公がサインの練習をしている機械だ」と説明して、さらに混乱させたくらいである。
PCが普及する前、仕事量は圧倒的に多かったのだが、記事では「分業体制がしっかりしていたので、1人あたりの仕事量はあまり変わらない」という発言が出ていた。
そこで
便利な道具ができても、仕事が楽になるわけではない。
1人でできる仕事が増えるだけである。
という法則を考えてみた。わざわざ考えるまでもないと言われそうだが。
江戸時代の上級役人は1日4時間程度の労働時間だったらしい。今の技術を駆使すれば、それくらい実現できるのじゃないかと思うのだが、現実的ではなさそうなので深く考えないでおく。
技術が進歩した結果、分業体制が統合され、セルフサービスに発展することは以前にも書いた。
セルフサービスは、専門職が作ったものよりも品質は落ちるもが、安く早くできる。多くの人は「最高」ではなく「十分な」品質を求めているのだから、この流れは止まらないだろう。専門職は、より高い技術を提供する必要があり、求められるレベルがどんどん高くなる。残念ながら、楽して儲かる仕事は消えるのである。
趣味で稼ぐ
セルフサービスになると、人件費は自分の労働だけになる。そうすると、趣味で仕事ができるようになる。
学生時代、「『趣味』と言えるのはお金を稼げるレベルになってから」と言われた。読書を趣味にする場合は、単に本を読むだけではなく書評を寄稿できるレベルが必要、写真を趣味にする場合は作品が売れる必要がある、ということだ。
昔は「売る」ことが大変だったが、今はインターネットを利用したサービスが登場し、ずっと簡単になった。コラムや写真などを有償で配布する「cakes(ケイクス)」はまだまだ苦戦しているようだが(現在は無償配布の方が多い)、ブログに付けた広告やアフィリエイトで稼いでいる人はたくさんいる。電子商取引を提供するサービスも増え、個人で開設することも簡単である。
友人は「ねこやま猫道」名義で猫の写真集を販売するショッピングサイト「ねこやま猫道商会」を開設している(宣伝していないので販売実績はほぼゼロらしいが)。私と一緒に「まぐにゃむフォト」としてブースを出しているコミックマーケット(通称コミケ)では、全部で数万円の売り上げがある。原価を回収するには至っていないが、きちんとした売り物になっている。
では、写真撮影を私(たち)に依頼したらどうなるだろう。趣味でやっていることなので、おそらく対価をもらうことはない。ふつうの仕事が「お金をもらう仕事(有償労働)」だとしたら「お金をもらわない仕事(無償労働)」である。そして、両者の差はどんどん縮まっている。プロのレベルを超える仕事が「たまに」できる素人はたくさんいる。「ほとんど常に」超える人もいるかもしれない。プロとアマの違いは、本人の意識の差に過ぎないことすらある。以前紹介した「FREEex」のように、「支援する人のために、お金を払って仕事をする」というスタイルまで出てきた(「FREEexの不思議「お金払うから仕事をください?」)。
プロに、無料で仕事をお願いするのは、大変失礼な行為であり、やってはいけないことである。ただ、その理由として技術面を強調するのは必ずしも正しくない。大半のプロは、大半の素人よりも高い技術を持つが、クリエイティブな分野では、一部のプロは一部の素人に負ける。私の父は「プロとアマの差は技術ではなく納期を守れるか」と言っていたし、猫写真を習ったときの先生は「猫の、本当にいい写真は飼い主しか撮れない」と言っていた。
IT分野でも、さまざまなクラウドコンピューティングサービスが普及したため、Webサイトの構築なんかは趣味としてできる人が増えている。そういう人にお願いすると、非常に安価で、場合によっては無償でサイトを作ってくれる。趣味で続けているうちに、徐々に利益を出すようになって独立した人も多い。社内で利用していたWebアプリケーションサービスのノウハウを利用して、有償のサービスを始めた会社もあるという。これも、広い意味では「趣味が仕事になった」例と言える。
セルフサービスアイドル
いわゆる「地下アイドル」は、専門的な技術を持っていないことが多いが、アイドル活動には楽曲、振り付け、衣装などが必要である。また、ライブの売り上げはそれほど大きくないので、「お金をもらう仕事」にするには何らかの販売物を用意する必要がある。最小限の投資で済ますため、楽曲はカバー、振り付けは適当、衣装は普段着、販売はチェキという人も多い。「地下アイドル」には蔑称の意味も含むので、最近は「ライブアイドル」と呼ぶこともあるが、考えようによっては「ライブ活動以外の売り物がない」ということかもしれない。
地下アイドルの中には、自分の売り込みに消極的で「適当に楽しければいいや」と思う人もいるらしい。事務所に所属はしていても、マネージャが付くわけでもなく、何の面倒も見てくれない代わりに特別な制約もない。全てを自分でやりくりする「セルフサービスアイドル」である。
セルフサービスであっても、一定のレベルを維持するアイドルももちろんいる。「一部のアマは、一部のプロのレベルを超える」というのはここでも成り立つわけで、「地下アイドルだからレベルが低い」ということにはならない。
また、一見セルフサービスに見えて、実は従来型の場合もある。
最近知った広島出身のアイドルユニット「まなみのりさ」(まなみ、みのり、りさの3人を続けた名前)は、「お金をもらう仕事」をしている本気のプロだが、作詞・作曲は事務所の社長、編曲はマネージャ、振り付けは本人という、まるで家内制手工業のようである。移動はマネージャの運転する車で、先日のイベントではギター伴奏もマネージャがしていた。
すべてを身内でまかなっていることから、セルフサービスの一種に見えるが、実際はまったく違う。しかし、このあたりの違いは、よほど業界に精通していないと分からない。
インターネット上のWebアプリケーションサービスでは、さまざまなサービスが提供されているが玉石混交の状態である。適切なサービスを選ぶために、「地下アイドル評論家」のような役割が必要になってくると思うのだがどうだろう。それとも、Googleの検索結果の上位から選ぶだけでよいのだろうか。
▲まなみのりさ「桜エトランゼ」
▲広島のお好み焼きをPRするため、クラウドファンディングを使って開催された写真展より
詳細は個人ブログ: 日本お好み党決起集会 ~まなみのりさxお好み焼き写真展~