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IT技術者教育に携わって25年が経ちました。その間、変わったことも、変わらなかったこともあります。ここでは、IT業界の現状や昔話やこれから起きそうなこと、エンジニアの仕事や生活について、なるべく「私」の視点で紹介していきます。

品質第一主義を捨てよう

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少々古い記事だが、東洋経済オンラインに「ネット化で「編集者」の黄金時代がやってくる」という記事が掲載された。簡単いうと、「情報」と「書き手」と「表現手段」の選択肢が増えたため、整理する人=編集者が重要になるということだ。

この記事の主張はもっともだと思うが、今のベテラン編集者の仕事が増えたり給与が上がったりするかというと、私は懐疑的である。というか「ない」と断言する。

メデイアの歴史は、情報量増加と品質低下の歴史である。品質が価値であると思っているのはエンジニアを含めた業界人の勘違いである。

聞いた話では、グーテンベルグが活版印刷をヨーロッパに広めてから「近頃は誰でも本を出す」「質の低い本が増えた」と嘆いた人がいたらしい。

写真製版と軽オフセット印刷の発明は、同人誌文化を作ったが、同人誌の多くは商品として流通するレベルではない。もちろん、商業誌に匹敵する質のものも作品点数としては多いのだが、コミックマーケット(コミケ)の申し込みサークルは5万を超えており(抽選の結果出展サークルは3万5,000)、全サークルが平均1点(これはかなり控えめな数字である)新刊を出したとして、年間10万点の同人誌が発行されることになる。1万点の良作があっても1割に過ぎない。

映像娯楽にしてもそうだ。映画から、テレビ、ゲーム機と娯楽の中心は変化しているが、画面解像度や音質は低下する一方である。最近は高画質のゲーム機も出ているが、画質が良いから売れてるとは思えない。iPodの音を聞いて「こんな音(音質)で良かったのか」とがっくりきたオーディオ技術者の話も聞いた。

2020年東京オリンピックに向けて、4Kテレビの売り込みが盛んだが、成功するとは全く思わない。NHK BSのハイビジョンがどれだけ売れたか思い出して欲しい(もう覚えてない?)。現在の地上デジタルテレビが売れたのは、画質が良いからではなく、買い換えないとテレビ番組が写らなくなるからだ。

大事なことなのでもう一度書いておく。品質は製品の最重要課題ではない。低品質でもいいというわけではないが、最低レベルは専門家が思っているよりもずっと低い。スマホアプリがどれだけ頻繁に落ちるか思い出して欲しい。ブログサービスで人気のあるアメブロは、毎月長時間のメンテナンスを行っているが、ユーザーが減った話は聞かない。

これからの時代に、編集者が重要な地位を占めることは間違いないだろう。しかし、それは現在のプロの編集者よりも低品質だが安価で(場合によっては無料で)仕事を受けることになると予想される。私はほとんど見ていないが、おそらくは「まとめサイト」が進化することになるだろう。編集作業の多くは自動化され、重要な部分は素人が適当に仕上げて、それでよしという状況になるに違いない。

そして、それが悪いことかというと、まあ、そんなに悪いことでもないのかなと思う。これが「大衆化」ということだ。

ずいぶん前に見た映画で、音楽家志望の女の子が、プロデューサーに売り込むためのCDを焼いていた。今は「デモテープ」じゃないのだな、と思っていたら、今は単に録音するだけではなく伴奏も作れるしトラックダウンもできるんだそうだ。シンセサイザーへの「打ち込み」は、まだまだ専門家の手が必要らしいが、趣味で十分できる範囲になっている。

路上ライブで歌っている人は、事務所に所属している人もいるし、フリーの人もいる。いずれにしても、ちゃんとCDを売っていて(CD-Rの人もいる)、それなりに聞ける音楽になっている。

大衆化というのは、専門職を失業に追いやるので、より高い品質を提供し、アマチュアが追従できないレベルに持っていくしかないのかもしれない。

もちろん、専門職にはIT系のエンジニアも含まれる。クラウドというのはITの大衆化であり、少し品質を落としてでも安価に実現するためのツールである。実際にはそれほど安くないことが多いのだが、初期投資は確実に下がる。細かく見ればクラウドだからどう、という簡単な決めつけはできないのだが、全体として、専門家を必要としない「セルフサービス」と、使った分だけ払う「従量制」が基本となっていることは確かである。

そういえば、最近「日本品質」がグローバル企業で問題視されているらしい。昔は、日本人の品質要求に応えることで、世界に通用する製品ができたのだが、最近は世界の品質要求レベルが下がってきて、日本の要求に応えるのはコストが高すぎるのだそうだ。日本品質のものを他国に持っていっても「そんなに高品質な製品は不要」と言われる。おまけに日本はこれからどんどん人口が減り、市場規模が縮小する。多くの経営者は売り上げよりも、売り上げの伸び率を期待するので、日本市場は単なる「お荷物」なのだという。本当だろうか。

いずれにしても、専門職の生きる道は難しそうである。これは全く他人事ではないのだが。

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▲フリーのシンガーソングライター風見穏香(かざみしずか)さん
このCDの出版は音楽事務所の力を借りたようだが、インディーズのCD作成を支援する会社もある。

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