IT業界における「大根(だいこん)」という単語の用法
大根役者という言葉は下手くそな役者を罵倒する言葉ではありますが、IT業界での会話で比喩表現として「大根」が用いられることが多いように感じます。
(1)製品が高すぎると感じた場面で
価格交渉の場において買い手が言います。
「こっちは大根1本150円みたいな商売してんだからシステムに1億円ってのは無理だよ」というように用います。
本当にそのような小売業をしているかどうかは別として、買い手側の守りとしては堅い一手です。
(2)即断即決してほしいシチュエーションで
営業や提案の場において売り手が言います。
「買ってすぐに使えるアプライアンス製品ですから、『大根1本ください』という気持ちで悩まず買ってください。」というように用います。
ITの製品というとパッケージと言えども幾分かはカスタマイズがあったり、最低限のパラメータ設定なんかの作業が発生して導入までに準備の時間が必要であったり、あるいは設定導入費が別途発生したりします。大根は売り場に転がされているイメージからそういったことが不要であるという利点を強調する引き合いとして使われることがあります。
(2)‘ じっくり検討すべきシチュエーションで
営業や提案の場において売り手が言います。
「元Google幹部が立ち上げたスタートアップ○○社の特許技術を使っていまして、(中略)本来の性能を発揮するためには当社のテストセンターにスクランブルした本番データを持ち込んでいただいて、無料ですので性能評価をしていただいて、納得した上で購入いただきたいんです。それで合わなかったらご縁がなかったということで、『この大根美味しそうね。一本ください』っていう商売はお互いに不幸なのでしたくないなと、そういうこだわりのある製品なんです。」というように用います。
IT系ニュースサイトやカタログの記事だけで判断するのではなくてじっくり考えてくれという場面で使われることがあります。なおこういった場合の検討というのはサンクコストが積もるほど引くに引けない状況になるので本番データをスクランブルして持ち出すというハードルを超えた時点で、その製品になるか競合他社の製品に落ちるかどうかは別としても計画が中断されるようなことは推進者の異動でもない限りは滅多にありません。
(3)調達プロセスに問題がある場面で(あるいは謝絶の婉曲表現として)
公共調達の場面で稀に用いられます。
「大根1本くださいって訳にもいかないんですよ。『2015年に日本国内の酸性土壌で育成された練馬大根であって直径が40mmから60mm長さは300mmを超えないこと』みたいな調達仕様を作って競争入札にしないといけないんです」というように用います。
大根というとあるがままをそのまま買ってくるイメージが強いと思いますので調達プロセスが大変であることを強調するために敢えて引き合いに出されることがあります。
こうした表現はいろいろなお客様から稀に、何度かだけ聞いたことがあるのですが、なぜか大根です。それ以外の野菜をほとんど聞いたことがありません。かぼちゃというのが一度だけあったかもしれません。人参やさつまいもではダメな何かがあるのかもしれません。大根にせよかぼちゃにせよ野菜の中でも特に気取っていない感じが共通しています。これはITの世界を支配する商習慣で押そうとする売り手側に対して、一般の商習慣だとそうじゃないでしょっという反論をするときに引き合いに出されるという部分が共通しているのかもしれません。
例えばライセンス費用についてはIT業界に馴染みのない方が異動で担当になった場合に「なんでこんなに高いの?」という話になりやすい最たるものかと思います。特に一般家庭向け製品としてのOfficeやWindowsが買い切りであることからピンと来ない方が多いようです。もっとも、最近は年間ライセンス費用の発生するセキュリティソフトが増えたため随分と受け入れられやすくなったように感じられます。実際に聞いたことはありませんが、営業サイドとして説得するとすれば
「我々は大根を売ってますけれども、それは苗を売ったというところですので、大根の葉っぱが黄色くなってきたといえばお伺いして窒素肥料をあげてくださいという診断をしますし、伝染病や病害虫が流行ったと聞けば薬品をお持ちします。そういったところのサポート体制を支えるために初期購入費用の15%をいただいています。」
みたいな感じでしょうか。これはちょっといまいちかもしれませんが、これまでのところ耳にした場面からすると買い手側がIT業界の論理に屈しないぞという姿勢を示すためとして、あるいは売り手側が買い手側に踏み出して近づくための噛み砕いた比喩表現として、大根という言葉が活躍しているように思います。こういった話、英語圏だとなんていう言葉なんですかね?