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ブロッキングに期待する人

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児童ポルノのブロッキングが行われそうなムードになってきました。

おそらく児童ポルノの被写体となり、かつ被害者である人にとって(大人になってから自身の子どものころのポルノを主体的判断で公開するようなケースを除く)被害というのは2つあるのではないかと思います。

ひとつは本格的に蒐集癖のある人(比較的少数)に見られる気持ち悪さであり、もうひとつは興味本位で多数の人に見られる(流通する)気持ち悪さです。

この後者を食い止めるにあたってはブロッキングは非常に有効であるように思います。が、インターネットでは前者のような蒐集家は意地でも集めるだろうからブロッキングは無意味だというような主張も見受けられます。

それについてはまだまだ議論を深める余地があるように思いますが、蒐集家がブロッキングを使うことで自動的に児童ポルノに関するデータを集められるかもしれません。

方法は、ブロッキングが適用されていない国(たとえばドイツ)に自分の管理下の端末Aを設置し、同時に、ブロッキングが適用されている国(たとえば将来の日本)に自分の管理下の端末Bを設置します。

あとは手当たりしだいに同じサイトを巡回させるだけです。そういう方の集まる掲示板などからリストを取り出して端末Aと端末Bで取得できたデータを比較し、ブロックされていたらそれは国家のお墨付きを得た児童ポルノであることになります。今でも技術的に大量の画像を取得することは可能ですが、それを選別するには特殊な技術が必要と思われます。裸や人の顔くらいならば比較的容易に識別可能と思いますが、児童と成人をソフトウェアで識別することは非常に難しいでしょう。

これを回避するには世界中でまったく同じようにブロッキングの運用をせねばならず、難しいものと思います。ブロッキングをきっかけに、こうした技術を使ってより多くのデータを集める人と、そうでない人とに別れれば両者間で需要と供給の関係が生まれ、金銭によるやりとりが活発化しかねません。

さてこのようにコントロール策の弱点だけを言い逃げするのは建設的ではありませんので、何か代替案を考えてみましょう。

もし児童ポルノが「児童」であることに特別な意味を感じているとすれば、「児童」の部分をあやふやにしてしまうというのはどうでしょうか?すなわち、CGでもって「児童ポルノらしい画像」を作って大量にばらまいてしまうというものです。紙幣などでは「ひょっとすると偽物かもしれない」という思いは非常に強力に作用し、貨幣価値を暴落させたりする力があります。ブランド品も偽物が出まわると嫌悪されます。食品の産地偽装も同じです。蒐集しようとする人が本物かどうか判断がつけられないようにしてしまえば、ひょっとすると蒐集に魅力を感じなくなるかもしれません。もっとも、本物かどうかなどはどうでもいい、という人にとっては塩を送るだけなのが欠点です。

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