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3800万円のGPUスパコンの光と影

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3800万円でスパコンに匹敵する計算力を(一部の用途で)発揮することができた件が話題となりました。

こちらの九州大学のサイトによくまとまっているのですが、テロとの戦いにおける世界的な枠組みの中で、日本でも外為法などの法律により技術や物資の輸出が制限されています。

国際間研究の規制について(外為法)
http://imaq.kyushu-u.ac.jp/tc/trade_method.html

国際的な産学官連携(海外大学との連携も含みます)における「技術」や「貨物(研究の成果物やサンプル等)」の国外への提供は、国際的な安全保障の観点から規制される場合があります。

この文章にあるとおり、「貨物」は輸出規制を受けます。例えば集積回路は輸出貿易管理令別表第1の1~15項(リンク先にあるA~Cのグループすべてが対象)に掲載されている品目に該当します。実際に規制されるかどうかの判断材料としてクロック数などの詳細が決められています。今回GPUスパコンで使用されたような高性能な集積回路を海外に輸出する場合、このリスト規制に引っかかっていないかどうかチェックをしなくてはなりません。(私はそのような実務を手がけたことがないため製品毎のOK/NGは把握しておりません。)

CPUもGPUも多くはアメリカの企業が製造・販売していますので、アメリカの輸出規制の対象でもあります。そのためIntelやnvidiaなどのサイトにはこのような文言が書かれています。

お客様は、輸出に関する米国の法律および規則に違反する方法で、マテリアルを使用または輸出することはできません。

http://www.nvidia.co.jp/object/legal_info_jp.html

「技術」についての規制は外国為替令別表の1~15項に該当するものが対象となります。その中には

(一) 輸出貿易管理令別表第一の八の項の中欄に掲げる貨物の設計、製造又は使用に係る技術であつて、経済産業省令で定めるもの(四の項の中欄に掲げるものを除く。)

(二) 電子計算機若しくはその附属装置又はこれらの部分品の設計、製造又は使用に係る技術であつて、経済産業省令で定めるもの((一)及び四の項の中欄に掲げるものを除く。)

という記載があります。技術の輸出は必ずしも人間が旅行して教えにいくケースに限らない点は注意が必要です。どういうことかといいますと、日本に来た外国人留学生に日本人の先生が技術指導を行うことは、日本入国後の滞在日数などの条件によっては「技術の輸出」となるということです。

輸出するのものが貨物の場合には海外に所在する企業・組織への輸出に限りますが、技術の場合はたとえ移転場所が日本国内であっても、その相手が非居住者である場合には規制の対象となります。

規制の対象とならない居住者とは我が国に居住するものをいいますが、居住者が外国人の場合は、基本的には入国後6ヶ月以上経過している者に限ります。

入国後6ヶ月以内の留学生(=非居住者)へ技術指導を行う場合は許可申請が必要です。

規制の対象となる「非居住者」には、外国に居住する外国人のほか、日本人であっても外国にある事務所に勤務し滞在する者および2年以上滞在しているものも含まれます。居住者・非居住者とは、日本人・外国人の区別ではありません。

GPUスパコンの開発をされた方は大学に所属しておられますので、まず間違いなくこのことを詳細に把握していらっしゃることと思います。しかし一方でIT業界で分散処理を専門にしているような人の場合、安いサーバを並列で並べてスパコン並の処理性能を出すという技術をうっかり輸出してしまうということがあるかもしれません。

今日も、高性能なコンピュータを悪意ある目的で用いたいと願うテロリストにとっては望ましい環境が生まれつつあると言えそうなニュースがありました。

2010年はARMベースの「マイクロスライスサーバ」がくる! とAmazonクラウドの大御所は語るにあるようにサーバ側に必ずしも高い単体性能を必要とせず、ありふれたスペックのサーバを大量に調達することで大きな計算能力を手に入れることもできそうです。

古いデータになりますが、2000年度の中古パソコン(スクラップでないもの)としての輸出量は約38万台とのことです。輸出先は中国、東南アジアが中心で、シンガポールを経由して再輸出されるケースが多いそうです。主に日本の企業で使用された後にリース落ちしたPCなどが流れています。

なお2000年度にスクラップとして輸出されたのは60万台と推定されるそうです。輸出規制とは関係ありませんが、NHKなどで報道されたように中国の山間部などで基板を水銀などで溶かして微量の貴金属を得るという悲惨な労働実態があるようです。

平成13年度廃棄物等処理再資源化推進(循環型社会構築に係わ内外制度及び経済への影響に関する調査)報告書
http://www.meti.go.jp/policy/recycle/main/data/research/pdf/17_02.pdf

高性能なCPUやGPUがまとまった数で輸出されることは水際の検査で防ぎようもありますが、何世代も前のパソコンの輸出まですべてを止めるのはなかなか難しいように思います。プレイステーション3については公式サイトに以下のようなQAが記載されていました。

なお、"PS3"は輸出規制リスト上、暗号機能で該当する製品ですが、「特例」扱いで経済産業大臣の許可を取得することなく海外へ持ち出すことは可能です。
http://www.jp.playstation.com/support/qa-589.html

極端な例とは思いますが、専門家の手にかかるとPS3も↓のような使い方ができるようです。暗号は今や電子マネーや携帯電話など重要なインフラの1つとなっていますので、知られていないような何らかの効率的な計算方法と高性能な計算環境の2つが悪意ある人々の手に渡り、重要な暗号の秘密鍵が解読されるようなことがあると大きな混乱を生むかもしれません。

米国の移民税関捜査局サイバー犯罪センター(C3:Cyber Crimes Center)の犯罪捜査で、パスワード解析にPS3が使われているそうだ
米国のサイバー犯罪捜査、パスワード解析にPS3を導入

このような技術そのものの輸出は重要人物の海外旅行を制限して通話・通信を盗聴し、行動を監視でもしない限り止めることはできません。パキスタンの「核開発の父」と呼ばれるカーン博士がイラン・リビア・北朝鮮に核技術を流出させるのを止められなかったように、高い計算能力を誇るコンピュータシステムを構築する技術情報の拡散を阻止することは非常に難しいことであるように思います。

GPUスパコンの件は素晴らしい研究であり尊敬されてしかるべき功績であることは疑いようもありません。しかしその一方で大量生産され身近に流通している製品によりこうした環境が実現されるということは、危険が増したことでもあるということを認識しておく必要があるように思います。

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