日本がクラウド型データセンターを誘致するメリット
林さんが日本のデータセンターの国際競争力(5)~データセンターの誘致活動についてというエントリを書いておられました。全5回の大作です。
その途中のエントリにコメントさせていただいたことがあります。それはデータセンターの立地条件には岩盤の強さや気候などだけでなく、物流の強さが着目されているのではないかというところです。
コンテナ型データセンター
この点で注目の技術はMicrosoftの長沢さんがWindows Azure を支えるコンテナを見学してきた@PDC09で書いていらっしゃるとおりコンテナ型のデータセンターです。リンク先の3枚目の写真にあるとおり、サーバというのはケーブルのおばけのような構造をしています。これを組み立てるのは非常に複雑な作業になります。
通常のデータセンターではラックとサーバとケーブルがバラバラで運ばれてきます。ラックは冷蔵庫くらいのサイズがありますが板で構成されていますので分解した状態だと効率的に運ぶことが出来ます。データセンターの床は配線や空気の通り道になっています。配線や空気が通るための穴が床に開いており、その上にラックを組み立てます。そしてサーバを詰め込みます。これをラッキングといいます。サーバ同士をケーブルで接続することをケーブリングといいます。サーバの配置を良く考えないとケーブルの長さが無駄に長くなってしまったり、(仮想化で均等に発熱するなら考慮する必要はありませんが)使用率の高いサーバ同士を隣り合わせることによる熱的な不具合を引き起こすこともあります。
こうしたハードウェア的な面倒さからエンジニアを解放する技術がコンテナ型データセンターです。コンテナに詰められたサーバ群を出荷するだけの要件であれば、例えばアメリカにラッキング、ケーブリングに特化したチームを準備し、コンテナを大量製造して世界中のデータセンターに輸出することが出来ます。もしこの技術なしに遠隔地にデータセンターを設置するとしたら、いくつもあるデータセンターの現地ごとにスタッフを派遣するか、現地スタッフを採用するかしなくてはなりません。
また、非常に複雑なラッキング、ケーブリングの仕様書を送らなくてはなりませんし、もし現地スタッフを採用するとしたら言語の問題も発生すると思われます。そして現地で作業が発生するということはテストの問題も生じます。テストだけでなく、何かしらのセキュリティ上の問題を発生するポイントが増えるということにもなります。対して、例えばアメリカでコンテナ内にサーバを設置し、配線のテストを行った上で封印して出荷すれば、盗聴や配線ミスなどのリスクを大きく下げることができます。
「コンテナ」の優秀さ
「コンテナ物語」という書籍をオルタナブロガーのアキヒトさんがブログ「本質を見抜く力」で紹介されていました。(一見畑違いの本ですが、標準化により生産性を向上させる手法が理解できて非常におもしろい本です。クラウドコンピューティングに通じる部分も多々あります。)この本にあるとおり、コンテナの輸送自体も非常に効率化されています。港湾での船⇔陸地のコンテナの積み下ろしは高度に自動化され、一昔前からは考えられないスピードで行われます。船の大型化とも合わせ、コンテナを使った海上輸送のコストは劇的に下がりました。日本で激安ジーンズなどが手に入るのはコンテナの恩恵が非常に大きいところとなっています。残念ながら世界の港でコンテナの取扱量が大きいのは(1)シンガポール、(2)上海、(3)香港となっています。日本でもっとも取扱高の大きい東京はTOP20にすら入っていません。それはコストが高いことや処理能力が低いことが原因です。国策としてデータセンターの誘致を進めるシンガポールはコンテナ港の整備も国策として行い、成功させています。
“雲”の中にサーバーは何台あるかでは2008年にMicrosoft、米Google、米Yahoo!、米Amazon.comが160万台のサーバを購入したのではないか?と考察されています。Microsoft、米Googleはコンテナ型データセンターを導入していることで知られていますし、AmazonはMSにコンテナ型データセンターを広めた人物をMSから迎え入れています。(米Yahoo!も導入済だったと思いましたが事例が見つからず)これらのサーバを個別に組み立てた場合と、世界中の一箇所でコンテナ型データセンターに収めて出荷した場合では効率が非常に大きく異なってくることと思います。もちろん海運ですので航空便ほど時間に正確に到着しないということが考えられますが、ソフトウェア上で冗長性を高める技術はクラウドコンピューティングの中核をなす技術であり高度に研究されています。コンテナ1個が壊れても別のコンテナがカバーするどころかデータセンターがダウンしたら別のデータセンターがカバーするような構想すらある世界ですので、そちらは大きな問題にはならないでしょう。
コンテナ型データセンターを日本に置くこと
もし日本がデータセンターを誘致するとすれば、開発に失敗した門司港などにコンテナ型データセンターに特化した荷役スペースを設置し、輸送コストを大幅に下げるという試みは面白いでしょう。そして近隣に大規模な土地を用意し、高品質なネットワークと電力を供給することを約束するというものです。しかしその場合、日本から供給されるのは電力と冷却水とネットワークサービスくらいであり、データセンターの運営ノウハウも何も落とさない可能性が高いと思われます。コンテナに張られたバーコードを読み取り「入庫」を記録したら空いた場所に設置し、ネットワークと電源のケーブルを接続するだけ。時折「A45の区画に入庫したコンテナが異常だから撤去すべし」と連絡が入り、フォークリフトで取り出して港まで運んで本国に送り返す、というどこまでも物理的な運用が待っているのではないでしょうか。反対に、サーバを組み立ててコマンドを叩いてお金をいくらかもらい、技術者が育つというモデルで人材が育つのではないか、と期待できる点はあるのでしょうか。ちなみに数十万台のサーバを備える最新データセンター、管理はわずか数十人?によるとMicrosoftがダブリンに配備した50万大規模のデータセンターでは現地のスタッフが35人採用されました。他にも「1人の管理者が5000台のサーバーを管理している」という発言があるほどですから、人件費は極力削られるものとして捉えることに間違いはないようです。
コンテナ型データセンターというと、屋外に置いて自然冷却する(コンプレッサーによる強制冷却を伴わない)ことやコンテナ同士を積み上げることで建設コストを抑えられるという点が注目されます。しかしデータセンターの「物流」という観点からすると上に挙げたようなメリットも考えられます。また人件費削減という点からもコンテナ型データセンターは望ましい性質を備えていると考えられるでしょう。もし日本のどこかにコンテナ型データセンターを安価に建設できるような拠点が構築されれば、遅延や電力品質などの観点から大きな関心が寄せられるのではないかと思います。しかしそれは我々ITに従事する人間がいわゆる「ITの仕事」として捉えるには抵抗のあるような仕事しかもたらさないのではないか、自分はそのように危惧しています。
そのように考えれば、クラウド型データセンターを日本に持ってくることのメリットはあまり大きくないように思います。それ以外のデータセンターについてはまた考えてみたいと思いますが、反対の結論になるのではないかと思っています。