「メモリ1枚増設」で思い出したPCメーカーの杓子定規なリコール対応
cnetブログのメモリ1枚増設って、そんなに大変なことなんでしょうか?というエントリがはてなブックマークで400ブクマに達する勢いです。
このエントリを読んで自分が学生時代に使っていたPCが無償修理の対象になったことを思い出しました。DVDドライブに不具合があり、結構な割合で再生できないメディアがあるとのことでした。
そこでサポート窓口に電話をかけたところ、運送業者がPC回収用のダンボールを持って家まで来てくれるとのこと。なかなか良い対応だと思っていると「拡張したパーツはすべてはずして購入時点と同等でない限り一切修理いたしません。」と言われました。さすがにマウス、キーボード、スピーカー、ディスプレイ、コードなどは送らなくてもいいそうですが、本体部分は丸ごと送れということでした。
購入後、内蔵サウンドボードをDisableにしてサウンドカードとメモリを増設していましたが、それらは抜くだけです。HDDも追加で1台購入し、抜き差しでWindowsMeとWindows2000を交換して使う体制でしたので、買ったときについていた小容量のWindowsMeが入ったHDDに戻すだけです。困ったのはケースでした。取り回しが悪いのでケースを交換していたのです。サポート窓口の人に聞いてみることにしました。
「ケース交換してるんですけど」
「それじゃ修理できません」
「ケースが変わってて物理的に困ることあるんですか?」
「規約ですので」
「ケースの傷や破損に関して一切の苦情を言わない旨を一筆書いて一緒に送ってもいいですよ」
「規約ですので」
「じゃぁ壊れたドライブだけ送るので新品のドライブ送ってください」
「それはできません」
「シリアル番号のシールが貼ってあるからですか?それなら今のケースに組んだままで古いケースも一緒に送っていいですか」
「そういう意味でなくて、買ったとおりの状態以外のサポートは受けられません」
「いいからハッチを開けろ!」
「I'm sorry Dave, I'm afraid I can't do that.」
ということでお前はHALか!というような対応をされてしまいました。正直、当時はDVD-ROMでも何千円という値段だったと思います。貧乏学生としては涙を飲んですべてのパーツを元のケースに組み入れて修理に送りました。
さて、回想はこれくらいにしてメモリ1枚増設になぜこんなに大変な思いをしなくてはならないのでしょう。
IT部門の役割
各企業でITの運用部門に課せられた使命は異なると思います。しかしおおむね以下の2点に分解できます。
- 分業の結果としてのスペシャリストなIT部署
- 社内に向けたITサービスの提供
分業によるメリットは大きなもので、アダムスミスは「一人だけでピンを作れば1日に多くて20本だが10人で分業体制を敷けば1日で48000本を作ることができる」と言っています。
これを社内に応用してIT部門の仕事を集中さえると効率を上げることができます。ITの運用系の仕事としては各人がパソコンを買ったりセットアップしたりという手間を省くことができます。ノウハウが少数に集中するとヘルプデスクとしての機能も向上します。
同様に、パソコンも同じ機種で固めるとどうでしょうか。ノウハウも集中できますし、故障時の部品手配や再セットアップなども簡単です。もし完全に同じ構成のPCを大量に調達できたら、応答ファイルによるインストールやイメージの作成により、運用管理の工数は劇的に下げることができます。もちろんメーカからの調達コストも下げやすくなります。(あまりに大規模だとメーカも手配に苦労することがあるようですが)
上であげた1番目の役割を追求すると、この合理化の方向に突き進んでいくことになります。何十人かの会社ではさほど合理化のメリットが大きくないように感じられますが、例えば全員を同じ機種で統一してディスクのイメージバックアップを作成し、人数より1台だけ多く端末を準備しておくという運用は少人数でも効果的です。故障が発生したらまず予備端末を貸し出し、OS再インストールで復旧しそうならばイメージバックアップから復旧するだけだからです。機種がバラバラの場合にはOSインストールの手順やリカバリーディスクの管理などで大変な思いをされるのではないかと思います。
分業の罠
ところがこれは個人の働きやすさをある程度犠牲にした上で成り立つ考え方です。例えばアダムスミスのピンで言えば、職人が一人一人に合わせてピンを作ってくれたらどんな要求にも応えてくれるでしょうが、分業による大量生産でその柔軟性を維持することが簡単ではありません。
自転車に置き換えてみると、中国などで大量生産することで1万円という低価格を実現したママチャリに乗るか、身体測定をしてステムやサドルの調整をしたロードバイクに乗るか、という違いがあると言えます。
どこの企業にも、社内で何らかの目標を設定し、それをクリアすることで自分を認めてもらうという仕組みがあることと思います。ITの運用部門といえど同じような仕組みがあることでしょう。例えば上の合理的な運用体制を作ることで管理コストを激減させたら評価してもらえるでしょう。また、個人のPCの好みを十分に吸収できるよう、OSのインストール方法やメディアの保管の仕組み、ライセンスの把握などをデータベース化したとしたらそれも評価されるでしょう。
しかし前者が金額や体力削減工数で成果を提示できるのに対し、後者は「満足度」のような形になってしまいます。大企業が陥りがちな罠はこの前者を評価し、後者を評価できない部分であると思います。もちろん、バックオフィスの評価を満足度ではかるという取り組みはまったく新しいものでないですし、それよりも優れた大企業病の治療薬が様々な企業で考えられていることは言うまでもありません。そういった取り組みが行われていない場合、自分の評価を上げるために効率化を進めようとしてメモリの増設を許さないかもしれません。もし全端末が同じ設定だとしたらPCの管理簿も非常に楽に作成できます。1台のスペックを書いて「以下20台同一」とするだけです。それはあまりに楽なので、評価の観点だけでなく単純に自分の仕事の負荷を下げたいという動機を生むかもしれません。(元ブログで取り上げられた企業は、そもそもそういった管理体制が敷かれていないような印象を受けます)
セキュリティの罠
と、ここで終わってもいいのですが以前に自分の開発PCが故障した際に陥った罠がありました。
ある日、電源が物理的に故障して起動しなくなりました。これは結果的にはメーカーのサポート員による修理で電源故障とわかったのですが、故障当初はどのパーツが破損したかわかりません。
他にも同じ機種の開発PCがあったので、例えばHDDをつなぎかえることでひとまずデータのバックアップを取ることはできたと思います。しかし何が壊れているかよくわからない状態でそれをするのは危険です。無用にもう1台の開発PCまで壊すかもしれません。
購入時に1年間の無償サポートに入っていましたので、メーカーに電話しました。そうすると運送業者を向かわせるので送れとのことでした。しかしHDDには色々なデータが入っています。まずいデータはないにしても、そのまま送るのは荷物の紛失が発生した際に問題になってしまいます。その時はメーカも「HDDなしで送られても動作確認ができなくて困る」とのことでしたのでこちらも困ってしまいました。
メーカーはきちんとしたところでしたので安心して任せられます。しかしもしPCが運搬の途中で紛失したとしたら、そのなかに個人情報などの重要情報が入っていなかったことを証明できなければ、「ひょっとしたら入っていたかもしれない」ということを考えて対応しなくてはならないということです。
起動するけれども異音がするから修理したいという程度であれば、例えばdestroyなどを使って強力に内容を消去し、最後にWindowsから見られる形でフォーマットしてディレクトリリストの取得結果が空っぽであることと、消去ツールの実行結果を保存することができます。ここまでやれば運搬の途中での紛失があったとしても影響はゼロに極限に近いと胸を張って言うことができます。
で、結論としては無償修理の範囲はピックアップ、すなわち工場に送り返す修理しかできないということでしたので、1万円か3万円かを払って保守の人に来てもらうことにしました。そして正式な依頼のための見積もりをお願いしたのですが、その前後にかなりの台数のPCを買っていたことを知ってか「無料でやります」というお返事をいただきました。次の日くらいにはお兄さんに来ていただき、無事直りました。
保守の人も大変
パソコンの保守も大変で、それこそ勝手に拡張したPCまで直さなくてはいけない場面も多いでしょう。メモリ交換で変な力を加えたり、静電気で破壊が起きたり、基盤を傷つけたりということをしても見た目に何も起きていないように見える、ということは多々あると思います。自分が立ち会った印象ですと、保守の人も職人さんではありませんのでBIOSのセルフチェックなどを頼りにしてHDD以外のパーツをどんどん変えていくだけ、ということが多いです。メーカーの保守の人、もちろんサーバのCEとは違いますので正社員など来なくて作業を委託された人ですが、そういった人を呼ぶに至る背景には、このような曲者の故障も少なくないでしょう。
また、私が呼ばざるを得なくなった理由と同様に、セキュリティの固い区画からPCを持ち出せないので保守の人が工具を持って直しにいく、というような状況も多いと思われます。そういった場合には例えばUSBのフラッシュディスクやCD-Rなどの媒体を持ち込んでいないことを明らかにしなくてはなりません。できれば保守の人の側から「入隊質字に持ち物検査をしてOKをもらった」旨の記録を要求しておかないと、もしその前後数日にその会社で大規模な情報漏えい事案が発生して犯人が捕まらないような場合、捜査線上に浮かび上がってしまうということも考えられます。特に悪いなぁと思うのはPCを持ち込んでいただくのは避けていただいたほうが自分の事務処理が楽なため、「入り口で持ち込み申請の足止めを食らいたくなかったらマニュアルは紙で持ち込んでいただけるとありがたい」というアドバイスを送るときでしょうか。
紙データのキーボード打ちを行うような生々しいデータの多い仕事場では、パンチャーさんは入室前にカバンをロッカールームにしまい、中が見える透明のビニールバッグに必要なものだけ詰め替えて入室するというようなことが行われます。
ついでに言うと作るのが楽
もしすべての端末が同じスペックである場合、プログラム開発のテスト工程を非常に簡素化できます。また、障害対応の迅速化にも貢献します。これは単に開発者が楽をできてラッキーという意味でなく、単一条件で動作しさえすればよいという前提で発注することで開発や運用にかかる費用を削減するための交渉材料になります。この視点で端末環境を統一しているのであれば、それはメモリ1枚といえど増やされては困ります。といってもメモリ抜いても不具合が出るのであれば開発元のプログラムに責任があるのは明らかです。(増やして不具合になるということは聞いたことないですが)
しかし一方で人間の性質としてメモリ1枚が蟻の一穴となることもありえます。あくまで例えですが、将来的にもシングルコアのPCでしか動作させません、という条件で発注したプログラムをマルチコア環境で動かしたら不具合が出るものもあるかもしれません。それがわかりやすい障害になればいいですが、ひっそりと不正データを作って見かけ上は正常終了したりすると危険です。こういったところまで考えるのであれば、PCに関する物理的な変更は一切不可というルールがあることも一概におかしいと言い切れません。
みんな何と戦っているのか
情報漏えいを防止するためにはすっかりと壁で囲んでしまって関所のみ厳格にチェックするという方式が重要であるため、PCの故障というのは思ったよりも大変なことにつながりやすいです。
また、多数のPCを多様なまま管理するのはそれなりの体力が必要です。WebアプリやJavaでは異なるプラットフォームで同じ処理が実行「できる」だけで情報漏えいの対策には不安が残ります。そのあたりはデスクトップ仮想化が本命になってくると思います。
その多様なPC(どんなPCがあるかもIT部門が把握できていない)で「とにかく動けばいい」というような条件で開発を依頼されても開発者はリスクが大きすぎます。.NETになってかなり改善されたとは思いますが、DLLの相性がどうの、という問題でひどい思いをしたという昔話はよく耳にします。(昔話ですよね?)となるとリスクを見積もって大きめの金額を提示するしかありません。PC環境の管理レベルが低すぎることは、運用だけでなく開発にも悪影響を及ぼす恐れがあります。
で、cnetブログの管理部門の人はこういった背景で守られるものとはまったく違うものを守ろうとしているように思います。私のPCを「元通りにしないと直さない」と宣言したメーカサポートの人もそうだったんでしょうか。それとも私のPCを壊さないことを第一に考えてくれたいい人だったんでしょうか。