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行動ターゲティング広告は”スマート”に進化して欲しい

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私の知る限りで行動ターゲティング広告らしいものが大きな問題になったのはDoubleClick社です。2000年のことでした。

先月ダブルクリック社は、約1500のインターネット・サイトにおいて、ウェブサーファーの訪問記録と、訪問者の実際の身元との関連づけを開始するという計画を発表した。今回の抗議の動きは、これを受けて起こったものだ。

ダブルクリック社では、自社で広告を掲載している多数のウェブサイトにおいて、サイトを訪問してくる人々のコンピューターに識別のためのマークを付け、その人たちがどんなページを見ているかを追跡している。

ダブルクリック社の情報追跡に反対運動 | WIRED VISION
<http://wiredvision.jp/archives/200002/2000020303.html>

この計画はFTC(米国連邦取引委員会)など政府機関からの調査、およびに消費者からの集団訴訟(クラスアクション)により中止を余儀なくされました。それどころかDoubleClick社は45万ドルもの和解金を支払うことになりました。ちなみにDoubleClick社の情報追跡で問題になったのは住所やDoubleClick社がクライアントから依頼を受けて配信した何千社もの広告のクリック情報と、氏名などの情報を結合しようとしたことによります。cookieを使用した「DoubleClick社の広告配信ネットワーク内」での高度追跡は実施されており、↓のような追跡のオプトアウト依頼用のサイトもあります。ちなみにDoubleClick社は日本国内で「プライバシーマーク使用許諾事業者」に認定されています。

「ダブルクリック」 - DoubleClick Japan | オプトアウトについて
<http://www.doubleclick.ne.jp/optout.html>

このFTCがまた2008年頃から相手をアメリカ広告業界の業界団体に変えてやり合っていたようです。

FTCが昨年12月20日に発表したオンライン広告に関するプライバシ保護の原則案では,行動ターゲティング広告を目的としたデータ収集を行う企業は,個人情報の取得について明快な声明を提示し,消費者が自身の情報を提供するかどうか選択できる手段を提供するよう求めている。また,企業は消費者から同意を得ない限り,行動ターゲティング広告向けに個人情報を収集しないことを要求するものだった。

今回IABが発表したガイドラインでは,「インタラクティブ広告向けに個人情報を収集および使用する企業は,その目的について,消費者にとって分かりやすい方法で有意義な通知を行い,プライバシ・ポリシーを簡単に閲覧できるようリンクを提供するべきである」と記載している。消費者への選択肢提供,情報セキュリティ・プラクティスの導入,苦情の申請方法やそれに対する措置については「適切な手段で」行うよう指導している。

IABがインタラクティブ広告のプライバシ・ガイドラインを発表,「FTC案より甘い」との声も:ITpro <http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080226/294745/>

単純化すれば、FTCはオプトインにせよ、業界団体側は運用ルールを作ったうえでオプトアウトにしようという議論が始まっていたようです。2009年7月に自主規制が↓のように強化され、その決着がようやく見えてきたようなところでしょうか。

このルールは広告主とWebサイトに対し、消費者にデータを収集していることを明確に開示し、消費者が自分の情報を管理できるようにすることを求めている。米連邦取引委員会(FTC)が、行動ターゲティング広告に対するより強力な自主規制を求めたことから策定された。

自主規制ルールは2010年初めから実施の予定。以下の7つの原則を打ち出している。

  • 教育:行動ターゲティング広告について、個人および企業を啓発する
  • 透明性:行動ターゲティング広告に関連するデータの収集や利用について、消費者に明確に開示する
  • 消費者による管理:消費者が、行動ターゲティング広告のためのデータ収集・利用を許可するかどうかを選べるようにする。サービス事業者は事前にユーザーの同意を得るとともに、データを匿名化する対策を取らなければならない
  • データのセキュリティ:適切なセキュリティを提供し、データの保持を制限する
  • 変更に際しての同意の取得:行動ターゲティング広告のためのデータ収集・利用方針などを変更する際には、事前にユーザーの同意を得る
  • 機密データの扱い:子供から収集したデータ、医療・金融関連データについては保護を強化し、13歳未満の消費者に行動ターゲティング広告を提示する場合は保護者の同意を得る
  • アカウンタビリティ:コンプライアンス違反の監視・通報プログラムなど、自主規制ルールを前進させるためのプログラムを開発する

 このルール策定に参加したのは米国広告業協会(AAAA)、全米広告協会(ANA)、米ダイレクトマーケティング協会(DMA)、インタラクティブ広告協会(IAB)、米商事改善協会(BBB)。

米メディア・広告業界、行動ターゲティング広告の自主規制ルール策定 - ITmedia News
<http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0907/03/news034.html>

とはいっても「消費者が、行動ターゲティング広告のためのデータ収集・利用を許可するかどうかを選べるようにする。」というのはもう少し明確な表現にしないと「許可する場合はうちのサービス使ってください」という利用規約の中の一文に落ちてしまう恐れがありますね。独立して意思確認すべし、くらいでないと心配です。反対に、その後のデータ匿名化については絶対やるべき規制とされていますね。

この流れを受けたか、日本国内でも行動ターゲティング広告についたガイドラインの案ができあがっていたようです。インターネット広告推進協議会、JIAA <http://www.jiaa.org/>というところが2009年2月13日のセミナーで案を発表し、ブラッシュアップしているところのようです。なんとかその文をゲットしたいところなのですが、案ということでまだ公開されていないようです。一部を紹介されているブログを発見しましたのでこちらにリンクいたします。

こちらのガイドライン案の冒頭の文章には私が行動ターゲティング広告に対して持つ思いがそのまま表れています。この文がなければこのエントリを書いていませんでした。

行動ターゲティング広告はインターネットならではの広告手法として注目を浴びており、インターネット利用者(消費者)の関心/興味ある情報と企業の伝えたい情報のマッチング、コミュニケーションの最適化を図るもので、本来双方にとって非常に有意義な広告手法である。

行動ターゲティング広告は消費者と企業のコミュニケーションの新しい形であると思います。我々は消費者の立場になったとき、買い物を楽しむための「ショッピング」の時間以外にどれだけ自分の買いたいものを「探す」無駄な時間を使うでしょうか。また、ある買い物をした後になってもっと素晴らしい商品が発売されていたことを知り悲しくなることもあります。

企業が発信したい情報と、消費者が受け取りたい情報のアンマッチは今の広告技術を使い続ける限り、減らすことが難しいでしょう。1日に目を通すことができる紙チラシの数は限られていますし、それどころかテレビのCMを見る時間も減り、新聞広告はWebに置き換えられ、電車の吊り広告の代わりにiPhoneを見て、街頭のパンフレット配りのバイトの声はiPodにかき消され、街頭地図の横にある広告はGPS携帯のナビ機能により視界にすら入っていないかもしれません。電車で向かいの人が読むジャンプの裏面広告は目立ってますが。 すなわち、ライフスタイルの変化で非ネット広告はむしろ難しくなりつつあります。

そんな中で、インターネット内を普段どおりに行動するだけで自分に的確な商品の提案が行われるコンシェルジュのようなサービスがあるとしたらどうでしょうか。もしそのサービスにより、消費者の生活の質が向上するのであれば、私はそういったサービスを積極的に利用したいと思います。しかしながら現在の行動ターゲティング広告は完全に企業方向に向かって立っています。クリック率、コンバージョン率の高さを企業にアピールする裏で、消費者にとっても「無駄な広告を流しません。むしろWebサーフィンを有用にします。」というアピールをしてくる企業は私の知る限り存在しません。(技術的には全然違うにせよ、買いたいものがサジェストされているという意味で利用時の満足感が高いものとしてはニコニコ市場があげられるかもしれません。)

広告一切を排除したいという思想はちょっと置いておいて、例えば私は妻子持ちですが結婚相談所のバナーを見る(見せられる)ことが非常に多いです。それは完全に不要な広告です。もちろん未来に何かの原因で結婚相談所にお世話になる機会がやってきてしまったときに「あ、そういえば」と思い出す可能性もありますが、誘導先は確実にその場で資料請求させて後からテレアポするというサイト構造が一般的であり、長期のコンバージョンを狙ってイメージを作り上げるタイプの広告でないことは明確です。このようなムダ広告が、行動ターゲティング広告の正しい進化によって排除され、有用な広告に置き換えられるとしたら私は普及に賛成です。ブラウザから私の趣味、嗜好を抜き出してもらっても一向に構いません。 (それにより固定される架空人格と個人情報を結合するか否かの話はまた別です)

例えば現実の世界では、子供が生まれる予定の夫婦は一部の百貨店に行くと「子育て優待カード」のようなサービスを受けられます。これは確実にその後20年くらいに渡り、下手したら子供の結婚準備まで商売の種にされる可能性はあるのですが、成長に合わせて有意義なバーゲン情報を送ってくれたり、子供がある年齢になるまで割引率で優遇してもらえたり、情報が悪用されることもないだろうという信用もあることから使い勝手の良いサービスです。

この双方の思いが十分にマッチングされていない場合、たとえば年齢・性別だけでサービスを行おうとすると独身者に子供向け衣服の案内が届いてしまったり、子沢山で家計が苦しめの家庭に対して独身貴族なライフスタイルを提案してしまうかもしれません。

現実の世界では百貨店に出向いて「妊娠したので●●カードください」という面倒さがあります。行動ターゲティング広告は1回のHTTPのリクエスト&レスポンスにほんのわずかにデータが積み増しされますが、ほとんど意識せずにすべてを済ませることができるでしょう。サービスの進化の方向によっては、自分で自分の嗜好・趣味の軸を確認し、「鉄道の趣味はオプトアウト、自動車は好きだけど乗るよりいじるほうが好きだな」と自分の意思によるカスタムを反映させられることもできるはずです。今でもユーザ登録の際に興味を登録することは多いですが、登録するのが面倒ですし、自分でも気づかない嗜好・趣味を提案してくれるとしたらそれはサービスとして高い価値があることになります。もちろんその情報を配信してもいい相手先サービスも選択できるべきでしょう。

そのレベルまでに達した場合、それはもはや広告ではないかもしれません。自分の行動を見てさりげない提案をしてくれるコンシェルジェ的な”サービス”と言えます。今ある、無駄な鉄砲数撃ちゃ当たる的な邪魔な広告がサービスのレベルに高まる可能性があるのです。例えば こういったレベルのさりげない提案をしてくれる仮想人格のようなインターフェースが常にPCの隅に待機してくれていたら、どんなにおもしろくなるでしょうか。勝手に購入・決済してきたら怒りますが、提案してくるだけならば害はありません。↓のような素敵なさりげなさで日々おもしろいおすすめ商品を教えてくれたら最高です。

講演前に控え室に入っていただいた時、EさんとNさんにお茶が出されました。熱い緑茶でしたが、Eさんはすぐにお茶を口にされました。きっと喉が渇いていたのでしょう。それに気づいたNさんは、目の前の相手を見つめたまま、自分に出された湯飲みとEさんの湯飲みを入れ替えたのです。他の誰も気づかないくらい、一瞬の所作でした。

続いて舞台袖で講演の出待ちをしつつ、Eさんと私が何気ない会話をしている時のこと。Eさんは何か思いついたのでしょう、手に持っていた台本を上げ、目をやりました。その瞬間、Nさんは鞄から赤ボールペンを出し、キャップを抜いてEさんの方に向けて差し出していました。Eさんはすっとペンを取ると、一言二言、台本に書き込んだ後、ペンをNさんに戻しました。その間、約10秒くらいでしょうか。あまりのさりげなさに、私は感動してしまいました。

【600万人】 さりげなくできるか、というプロ論:中村昭典の、気ままな数値解析:ITmedia オルタナティブ・ブログ
<http://blogs.itmedia.co.jp/akinori/2009/08/----8799.html>

消費者への直接的なメリットはそういったおもしろさがありますし、企業が広告費の削減に成功すれば商品の値段が下がるとか研究開発が向上するという間接的なメリットもあると思われます。また、同じような行動パターンを持つ他人が満足した事例を、自分も真似してみてはどうかと勧めてくるということもあるでしょう。Amazonの「これを買った人はこれも買っています」がネット全体に広がっていく可能性があります。

行動ターゲティング広告の基本理論は、ある行動をする人同士は似たようなものを買うだろうということです。もし、Aというものを好きと思われるBグループが特定されたとして、Bの人がみなCを買うとは言い切れないかもしれません。しかしBの人にCという広告を出したことにより、Bの人でCに対する行動が肯定の人、否定の人というデータが得られます。すなわちB+とB-に分けられることになります。少し前にはweb2.0と言われた相互作用に似ていますが、行動ターゲティング広告はサービス提供側に改善の意思がある限りはかなりのレベルにまで進化していくと思われます。「ある行動をする人同士は似たようなものを買うだろう」の前提が間違っているという可能性はありますけれども。

で、最後に楽天についてのコメントですが、私は行動ターゲティング広告についてこういった素晴らしい未来が来るという妄想を抱いています。ですのでこのまま行動ターゲティング系技術の全面規制という事態にならないよう努力していただきたいと思います。個人的にはネットワーク化されていない数千のサイトよりも強力にネットワークされたいくつかのサイト間での正確な情報交換と、それによって「あなたはこういう人です」ということをユーザサイドに通知してユーザがコントロールできる仕組み、すなわちネットペルソナ機能とでもいうべき機能を充実させていただきたいです。

でないと政府規制か業界の自主規制が発動するより前に、有志が立ち上がってad4Uから情報収集用リンクを抽出し、それがブロガーやmixiで広がり、サイト訪問履歴情報が汚染されて機能が失われるかもしれません。個人的な意見ですが、行動ターゲティング広告はスマートグリッドに代表される各種のスマート技術によるエコの実現を目指す技術の一種であり、その中でもトップに近いところを走っていると思っています。

以前にこのブログで「商学部に行ったきっかけはCM・広告について興味を持ったからだ」というようなことを書きました。大学に入ってマーケティングを学びましたが、その中でマーケティングの失敗によりとんでもない量の在庫が燃やされたり埋められたりということを知りました。食料品、衣料品、工業製品、色々なものが捨てられています。こういったものの廃棄量はトラック何杯ととんでもないスケールになることもあり、エコ的に大変よろしくない印象があります。

行動ターゲティング広告による消費者のセグメント化、セグメントされた消費者への先行マーケティング販売、セグメント別の売り上げデータ集計、いくつかの地域でリアル先行販売を行い計画微調整、全国販売発動、などすれば「20代男子」とか「F4」みたいな適当なセグメント分けよりも有効なマーケティングができるように思います。しばらくのところはインターネット経済は実際の経済のごく一部にとどまるでしょうが、インターネット内のデータに基づき実際の経済を予測することで生産計画をより正確にできるのではないかと思います。実現すればかなりのエコになるでしょう。

というようなことを考えていましたので、DoubleClickの昔からちょくちょくとこちらの動向について趣味的にアンテナを向けていました。今日、思わずその封印を開いてしまいました。以上とっても長くなりましたがマーケティングを生業にしなかった(できなかった)システム業界の人からの個人的な意見でした。

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