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リーダーシップと政策と

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東京都議選が終わりました。国政でも地方でも連続で自分の投票した方が僅差で落ちる(特にだめそうな人に入れているわけでもなく)ということが続いたせいか、今回は自分の投じた票が死票にならなかったことをうれしく思います。

政治家にはリーダーシップが求められます。例えば、あくまで”例え”として出しますが(まだ結果も出ていませんし)定額給付金というのがあります。あれをみんなでジャブジャブと使えばその効果は乗数効果の考えからしても実際に割り当てられた予算の何倍もの消費を生み出すことでしょう。事務作業に人件費やらがいくらかかるという話もありましたが、理想的にいけばそれらを上回る効果を生みそうですし、他のいかなる政策も臨時でやれば似たような事務作業費が発生したのではないかと思います。

現実には「定額給付金なんて意味ないよ」という意見を聞くことも多くあります。その「意味ないよ」という人がリーダーシップに付き合うか否か、これは大きな違いがあるんではないでしょうか。みんなが選んだはずのリーダーがやるといったことに「やりたくない」とか「自分の利益にならない」で付き合わなかったら集団がバラバラになってしまいます。自分から見て「いまいちだ」と思う政策に対してもある程度お付き合いすることというのは必要で、あまりにダメな場合は選挙やら何やらでけん制していくというようなスタイルが基本形かと思います。

定額給付金はあくまで例ですしその最終的な効果はまだ測定できる段階にもきていないと思われますが、これまで失敗として位置づけられてきた政策は、「リーダシップ不足」で失敗したのか「政策が悪い」せいで失敗したのかどちらなんでしょう。

もちろんリーダーシップが不足していることはリーダーの責任でもあるはずです。また、リーダーが決めたことに全員が必ず従うような国家はちょっと危ないですよね……。そういう国はずいぶん少なくなりましたが。

それはそれとして、何かをやるぞと決まったらひとまずある程度はリーダーの言うとおりにしてみないと、それが失敗だったとわかったときに「リーダーシップ」が悪いのか「政策」が悪いのかが曖昧なままになり原因分析が行われません。となると、例えばブレインがまずくていまいちな政策しか出てこないことがさもリーダーシップ不足であるかのように振舞ったり、反対にリーダーシップに欠けるだけのことで優秀な政策がつぶされたりしてしまうんではないでしょうか。

また政策の失敗がデータに基づき多方面から分析しやすいのに対して「リーダシップの欠如」はぼんやりとした感覚的問題であるためか、あまり追及されません。結果も選挙や世論調査でということになり、選挙では選挙区の割り方であったり、その前後に発生した事件(ミサイルなど外的要因も含めて)が影響することもありますし、世論調査も媒体による大きな差があるなどよほどの大敗・大勝や低支持率がないと全体像が見えてきません。そうしたせいか政策がいまいちでも「国民の理解が得られず」とだらだらと失敗認定が先延ばしされ、気づいたころにはみんなが忘れてしまっているということがあるように思います。

自分がここで言いたいのはこういったケースは政治の世界の話だけでなく、システム開発の現場においても同様のことが言えるのではないかということです。

新しいシステムを採用する場合に社内のすべての人に対して利益だけをもたらすことは稀です。仕事内容が高度化したり、分担範囲が広がったりという立場の人が生まれることは少なくないでしょう。そうした人々が「システムを利用しない」ということを積極的(or消極的)に行ったせいでいわゆる「使われないシステム」が生まれてしまう余地があるのではないでしょうか。

特に社内政治のパワーゲームに巻き込まれて、システム導入の推進者と対立する立場の人が新システムの導入に伴う混乱をことさらに取り立てて問題化するということは現実世界でも起こりえるような気がします。もちろんそんな腐った人のいる会社はシステムの導入をしてもしなくてもいずれ市場から退場するんではないかと思いますが、私は幸運にしてそういった事例に遭遇したことがないもので実際のところどうなのかはわかりません。

政治もそうですが情報システムでも「失敗を認定」するのは大切なことです。これが「初期リリースの混乱のため定着が遅れている」とか「安定稼動を待って順次拡大」とか「より一層の稼働率向上に向けて取り組む」とか言いつついまいちなシステムをいまいちと認めるタイミングを先延ばしするようなことがある会社は危険じゃないかと思います。そのうち耐用年数を迎えて新システムで上書きしてしまうというともはや失敗から学ぶ機会が永遠に失われます。

そしてこれも政治に学ぶべきところがあるのかもしれませんが、失敗はたった一度でも立場を危うくするんじゃないかという恐怖感がそうした反省の場面をなくしているのではないでしょうか。政治家だって人の子ですし失言もすれば失策もあるでしょう。それでも成功させてきたことと失敗してしまった損害とを天秤にかけて判断してあげなくては誰も政治家なんてやりたがらないですし、やる人も超低リスク低リターンの安定稼動路線を狙いますし、そうでなければ隠蔽やごまかしが加わるのも仕方ないと思います。

同じように動かないシステムができてしまっても仕方ない場面もあると思います。他社が成功させた事例をアレンジしていればリスクは下げられるでしょうが、もっと大きな機会的損失があるかもしれません。失敗は全力で避けるべきですが、避けすぎてもいけません。失敗してしまったら、それを早期に「動かない」と判断して次回に持ち越さないように勉強する、そういった体制作りこそこういった不況の時期を乗り切る力の源になるんではないでしょうか。

運良くといいますか、政治で外国の事例があまり当てにならないのと違って企業と情報システムの関係では他社の導入事例の成功を参考にできる場面が多くあります。そうした場面の要所要所でコンサルタントやSEによる支援を受けて積極的な方策を採ること、そして失敗したらそこから学ぶことができれば、元気の良い会社と元気の良い情報システムが生まれるのではないでしょうか。その第一歩として、新システムが導入されても「仕事が増えるからいやだー」とアレルギーを起こさないように受け入れていくことが必要と言えるでしょう。

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