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低賃金は経営を破壊する

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関税による保護を要請するような企業というのは、たいてい、生産方式が旧式で、低賃金で人を雇い、貧弱な製品を生産している企業であることが判明するであろう。これは当然のことである。なぜなら、そうした企業は改善を迫られたことがないために、製品の販路を自社の従業員の中に求めようとはせず、限られた市場だけに販売するとか、あるいは外国向け価格を引き下げるため、人為的な保護関税によって作り上げられた、高価格の国内市場を利用することで満足してきたからである。

というのはビッグスリーに向けた私の主張……ではありません。ある本からの引用です。その本にはこんなことも書いてあります。

  • 低賃金は経営を破壊する。大衆=消費者の購買力を減らし、やがて自社の消費も売れなくなる。
  • 労働は週5日、1日8時間
  • 労働者に余暇を与えよう

さて誰でしょう。アメリカ人です。昔の人ですが、とても有名です。もう少しヒントを。

  • 部品の無駄を省け(規格制定・互換性の重要性)
  • 輸送の無駄を省け
  • 材料の無駄を省け
  • 無駄=浪費は消費者に対する罪だ

例えば引用するとこんな感じです。

工場での木材の廃物利用は以下のとおりだ。つい六年前まで私たちは、出荷用に約六百種もの種類の寸法の木箱や木枠を用いていた。私たちは、出荷方法や木箱について研究し、今日では、以前の六百種に代わって十四種があるだけであり、その一つ一つについて標準的な梱包方法が工夫されている。

さらに、できる限り麻袋とボール箱を用いる事により、木材の使用をさらに切りつめている。このボール箱は製紙工場で、廃物からつくられる。現在の木材必要量は、この単純化された方法によって、また麻袋とボール箱利用のおかげで、わが社の一日の生産量が今日の半分であったころの約三分の一になっている。

全工場には、「すべての木枠および木箱は、木材を傷つけないよう細心の注意をもって開くこと」という明確な規則が設けられている。

昔の人、と言いましたがまるで最近のことのようです。実は書かれたのは1926年です。これを書いたのはヘンリーフォード、最近噂のビッグスリーの一社であるフォード社の創業者、モデルTを開発した人物です。

Amazon.co.jp: 藁のハンドル (中公文庫―BIBLIO20世紀)
ヘンリー・フォード, 竹村 健一:
http://www.amazon.co.jp/dp/4122039851

フォード社のベルトコンベアによる大量生産は機械にしたがって人間がはたらく、というものであり、チャップリンの「モダンタイムス」でも皮肉な扱いを受けました。チャップリンが歯車に巻き込まれるシーンは今日でさえよく見かけるものです。しかし人々がチャップリンの映画を見て笑う時間は大量生産時代の到来がなくしては得られなかったものであり、工場なくしては人は朝から晩まで、といっても9時から17時まででなく夜明けからへとへとになって動けなくなるまで労働に従事しなくはならなかったはずです。

また、工場労働の辛さについては「あまりにも辛かったので賃金を相場の2倍にした」とも言われますが、本書中ではフォードが「社員の購買力を増し、市場を開拓するために賃金を上げた」と言っています。どちらか真実かわかりませんが、経営学としてフォードの事例を学ぶ場合は後者となりますし、労働者の権利を守るための活動の歴史などでは前者の見方になることが多いように思われます。今日では工場と言えばベルトコンベアの単純作業というコンセンサスがありますのでそこまでの衝撃はないですが、当時の人からしたら「なんだこりゃ」という精神的ダメージはかなり大きなものがあったでしょう。どっちもどっち、両方とも真実ではないかと思います。

上の引用、また、下に続く引用はフォードがまだ「1回目」の世界恐慌すら体験していない時代に言っていたことです。今の日本に生きて、派遣社員の待遇などに関するニュースを聞いていると、何か他人事ではないようにも思われます。とても80年前に書かれた本だとは思えません。

  • 不景気な時に経済の分析をしても何もわからない。好景気のときに景気が良くなっている理由を調べろ

という主張もありました。確かに今になってはあとのまつり。悪いときには悪い理由がやまほど見つかるのですが、うまく行っているときには何が良いのかわからない。人間関係もそんなもんですね。

  • 株主(資本家)は経営に干渉するな
  • 労働組合は経営に干渉するな
  • 銀行は経営に干渉するな

これは経営者万能主義というか、サラリーマンが出世して社長におさまることのまだまだ多い日本では実現性に乏しい内容も含んでいるように思います。が、やはりヘンリーフォードの「消費者にサービス(奉仕)できない企業は退場すべし」という思想からは好感が得られます。株主の期限ばかりうかがっても、社員が権利ばかり主張して働きが鈍っても、銀行が自分で貸した金を回収しようとして企業の働きを鈍らせても、結局そのツケは価格に転嫁されてしまう。なので消費者が損をするという具合です。

実はこの本、大学のときに中村宏治先生の近代経営史の授業で紹介されました。フォード、GM、デュポンを通して経営学の発展の歴史を探るという非常にありがちな授業だったのですが、テストのために大学の図書館でぱらぱらっと読むつもりが1冊読み切ってしまいました。

それ以来、タイトルは心の中に残っていたのですがもう一度手に取る機会がないままでした。ここにきてビッグスリーのニュースなど聞くにつけて思い出し、ふと近所の図書館で借りて読み直しました。やはりおもしろいです。もうすぐ返さないといけないので自分用に買う予定です。

経営に関する事柄だけでなく、こんなことも言っていましたので最後に2つ引用します。自分としてはこの言葉が一番心に残りました。

ある人が、老後への準備のために、その人生の最もよき時代を倹約一筋に生きることは、彼の財産を保護することになるのか、それとも財産を浪費することになるのだろうか。彼は建設的な倹約家であったのか、あるいは破壊的な倹約家であったのだろうか。

そして、今まさに世界的な経済危機に直面した我々へのメッセージにも思える部分にはこのように書かれていました。これだけで元気が出ます。明日も仕事がんばるぞー。

現代は、産業拡大の時代ではない。全人類が、本当にその欲求を満たすことを望めば、それをかなりの程度にまで満たすことができるようになる”史上はじめての時代”に私たちは生きているのである。

現代は、機械時代ではない。大衆へのサービスのためであると同時に、私的な利潤を得て動力と機械を使用できる時代に、私たちは生きているのである。

しかし未来はどうなるのであろうか。過剰生産に直面しないだろうか。いつの日にか機械が万能となり、人間が必要でなくなる時代が到来するのではないだろうか。

誰も、未来について予言することはできない。未来を思いわずらう必要はない。未来の到来を妨げようとして、どんなに善意の努力をしても、未来は常に自分で方向を決めてきた。私たちが、今日、最善を尽くして仕事をすること、それが私たちにできるすべてなのである。

かくして、私たちは過剰生産を起こすかもしれないが、もし起こっても、それは全世界がその望むものすべてを手に入れてからである。さらに言えば、たまたまそうなってしまったとしても、私たちは、きっと、それに満足しているはずである。

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