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テクノロジー失業時代と日本の労働生産性問題

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昨日は細川 義洋氏&山本 一郎氏の「なぜ、システム開発は必ずモメるのか? プロジェクト見積もりから契約作成まで?」に参加してエントリ化しました。

この話しの中で、普段自分が困っている仕様変更などに伴う見積変更や、状況によってのプロジェクトの中断、中止判断にベンダーとしてどのような考えで案件に臨むべきかを勉強させてもらいました。

こちらの写真を拡大して見て貰うとわかれると思いますが、裁判所の判断はけっこうベンダー側に厳しい判断しています。

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そして『ジェイコム誤発注事件の際に「重過失」の認定には昭和30年のITとかかけらも感じられない時代の判例が参考にされた』という興味深い話しが出てきて、これについてはやはり参考にしている話しが古すぎるのでは?という指摘が当然ながら講演の場でも指摘されていました。

さてここで新たな問題提起なのですが、ITの発達でいろいろな働き方や成果の出し方も多様化している現在、工場労働を基準とした労働基準法にも同じことが言えないでしょうか?

日本の労働基準法の成立に関する話しは労働省労働基準局の「労働基準行政50年の回顧 」に当時の状況が説明されていて、そこには

戦前の法体系(工場法)を集大成し基本的にはその考えを継承しつつもその枠組みや水準を飛躍発展させたもの。1950年を過ぎるころからの経済成長には対応して変容し展開していくことが求められた。

こういう記述が出てきます。その後に出て来る話は高度成長期における労働環境の変化にどのように対応していったかは書かれているのですが、高度情報化社会への対応を見いだすことは残念ながら出来ませんでした。

その他にも文献をあたっていくと、経済同友会が1999年に『「雇用形態」の多様化と個別契約化』という提言していたりするのが興味深いですが実際に日本の社会が変化しているかというと大きな疑問が沸いてきます。

最後に、ここ最近ブラック企業叩きに始まり、働き方について様々な意見を見聞きする機会が増えていますが、単に労働時間を短くするという事ではなくホワイトカラーの生産性問題がかならず根っこにはついてくる問題だと考えるのは私だけでしょうか?

ビジネスもシステム化されて、組織や役職維持のために無理矢理仕事を作っている場合もあるでしょうから、とりあえずそこに人がアサインされている事が重要で、生産性は2の次だというケースもあるでしょう。

ただ中小・零細、個人事業主でこそ高い生産性が求められる、というかそういうアプローチをしていかないと生き残れない時代だと自分は考えています。

さらに、機械に置き換え可能な仕事がホワイトカラーの領域にも浸食してきつつあるところに、今度は人口減少問題が重なってくるという社会情勢です。

公的資金で救済してもらえるような企業を経営する人、そこで働くような人達には無縁の話しかもしれませんが、前述のような中小・零細、個人事業主のようなレイヤーで事業を行う人達と、そこで働く人達はどのようにこれからの世界で働いていけるのか、マネジメント能力とエンプロイアビリティを伸ばしていくことが大事なポイントになると思われます。

この辺の考え方について初めての取組みでかなり未熟な部分もあるのですが、わたしの「テクノロジー失業時代と日本の労働生産性問題」という考え方を以下に紹介させてもらいます。Wordと合わせ論文発表時のプレゼン資料のパワポもシェアしておきますので、文章読むのが面倒という方はこちらをご覧いただければと思います。

最後に、前述したIT関係の裁判における重過失認定で昭和30年代の事を参考にしている件であったり、労働基準法も戦前の法体系(工場法)を継承しているというところで、抜本的な改革が必要だという認識が今後広がっていく必要性を感じた次第です。

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