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「海外高校生による日本語スピーチコンテスト」で考えた、言葉と文化の関係

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昨日は川崎ソリッドスクエアホールで開催された「第16回海外高校生による日本語スピーチコンテスト」に行ってきました。アメリカで日本語スピーチコンテストを開催し、日本へ代表を送り出しているオーロラ日本語奨学生基金の代表の阿岸明子さんに、ロサンゼルスに住んでいたときにとてもお世話になっていたこともあり、昨年に引き続き、記録撮影係としてお手伝いするための参加です。

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12カ国から14名(中国からは瀋陽、上海、香港からの3名)の日本語を学ぶ高校生たちがコンテストに参加し、約5分間のスピーチのあと、審査員と日本語で受け答えします。演歌や神道、刀作り、核融合、麻薬とスポーツなど、スピーチのテーマもバラエティに富んでいて面白かったですが、みんな1、2年から数年程度の日本語学習歴なのにスピーチのレベルが高くて感心しました。

特に最優秀賞をとった中国の瀋陽から来た女子高生、王さんのスピーチは、日本留学を夢見ながら果たせなかった祖父の遺志を引き継ぎ、自分が日本へ留学する夢を語った内容が感動的で、日本人の弁論大会に出ても優勝するのではないかと思うほど素晴らしいものでした。

海外高校生たちのスピーチを聞いていて、改めて言葉と文化について考えさせられました。一つは、言葉と文化の密接な結びつきについて。韓国から2年前にアメリカに移住してアメリカを国籍を取ったというキムさんが「日本語と韓国語の敬語について」というテーマでスピーチしまいた。私は韓国語を学んだことがないのでよく知らなかったのですが、日本語の敬語の使い方は相対的で、韓国語の場合は絶対的だとのこと。

例えば、会社に社外から電話がかかってきたとき「田村社長様はいらっしゃいますか」と聞かれて、日本なら「申し訳ございません。今、田村は席を外しております」のように、上司でも呼び捨てにしますが、韓国はこのようなときでも必ず敬称を使うそうです。それは家族の場合でも同じとのこと。これは日本語は身内と外を分ける日本文化を反映し、韓国語は自分の上の人を絶対的に敬う韓国文化を反映しているのでしょうね。

もう一つは言葉を学ぶきっかけとしての文化について。スピーチや審査員との質疑の中でほとんどのスピーカーが日本語を学ぶきっかけについて話していましたが、ほぼ全員が日本文化に興味を持ったことがきっかけでした。興味対象はアニメだったり、ゲームだったり、伝統文化だったりいろいろですが、男性アイドルグループを好きになったことがきっけという女の子もけっこういました。文化に興味を持つことが言葉を学ぶきっけかになるのは、考えてみれば当たり前なのかもしれませんが、逆に、日本語を学びたいと思わせるほど魅力的に文化が、日本にはいろいろとあるとも言えます。

そういう意味で、もっと日本の魅力的な文化を世界に発信して、日本語を学びたいと思うほど日本に興味を持ってもらえる人たちを増やしていくことが、今後重要なのではないかと思いました。私が関わっている日米メディア協会で毎年4月に開催している「Japan Film Festival Los Angeles」も、そのための試みの一つと言えますが、もっとそういう活動を増やしていけたらいいですね。国にも経済だけでなく、そういう文化活動にももっと力を入れてほしいです。

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