27. ロジカルな論証、とは
最近、「ロジカル○○」というタイトルの研修依頼が多くなりました。単なるロジカル・シンキングだけでなく、ロジカル・コミュニケーション、ロジカル・プレゼンテーション、ロジカル・ライティングなど、そのバリエーションは様々です。
こうした背景には、「ロジカルに考え、ロジカルに主張するのがヘタが人が増えてきている」ということがあるのでしょう。なぜヘタになったか、ということはさておき(私なりの考えがあるのですが、今回はその話ではないので)、そもそも「ロジカル」とはどういうことでしょうか。
弊社の講習会では、「ロジカル」の最も簡単な説明を「○○だから○○である、という説明を、第三者に納得感をもって受け入れてもらえるような思考術」である、としています。すじみち立てて説明する、ということですね。そういった意味では、ロジカル・シンキングも、ロジカル・コミュニケーションも、ロジカル・プレゼンテーションも、ロジカル・ライティングも、その土台は同じです。
さて、先日こういう記事を見ました。リンク切れになる可能性があるので引用しておくと、2014年12月22日のYahoo!ニュースで、産経新聞からの引用です。記事のタイトルは『「豚肉の生食禁止」の是非 法律で禁止する必要はあるのか』です。
この中で、記者の人が「禁止の是非について、食の安全・安心財団理事長の唐木英明氏と、日本畜産副産物協会専務理事の野田富雄氏に見解を聞い」ています。簡単に書けば、唐木氏は「豚肉の生食禁止は、食中毒が出る可能性があるならやむを得ない」という見解で、野田氏は「法律の禁止は反対」という見解です。
この記事を見て面白いと思ったのは、この二人の基本的な立ち位置はほとんど同じであるにも関わらず、最終的な見解が異なっている、ということです。
まず、唐木氏の主張は一貫していて、「肉の生食は危険である。なぜなら、食中毒の可能性があるから。」としています。
そして豚肉の生食が危険である、という点に感関しては、
「豚の生食が危険であることはかつては常識で、家庭でも子供に豚肉はよく焼いて食べるように教えていた。しかし、食をめぐる状況が変化し、生で食べると危ないことを教える人がいなくなった。その結果、豚の肉やレバーを生で提供する店が増えてきた。」
とおっしゃています。つまり、「豚肉の生食は危険である」ということはもはや常識ではない、だから法律で規制するのはやむを得ない、という見解です。また、こうもおっしゃっています。
--豚肉の代わりにジビエの生食が広がればそれも禁止するのか
「法律で禁止するかどうかの原則は豚と同じ。E型肝炎感染などのリスクが高いジビエを、生食しても問題ないとして多くの人が食べるようになれば、法律で禁止せざるをえなくなるだろう。ただ、そうなる前に、どんな肉でも生食は危険であることをしっかり教えるべきだ。肉は生で食べないことが常識になれば、わざわざ法律で禁止する必要はないし、常識が無視されるなら法律で禁止せざるをえない」
唐木氏の論旨で唯一残念なのは、「常識」の定義があいまいである、という点です。記事をそのまま引用すると、
「肉は生で食べないことが常識になれば、わざわざ法律で禁止する必要はないし、常識が無視されるなら法律で禁止せざるをえない」
--常識かどうかをどこで判断するのか
「一番大事なのは、食品を提供する事業者の常識になっているかどうか。食肉の安全性についての知識がない事業者が危険なものを平気で売るのは倫理上の問題でもある。法律で禁止するのは飲食店での提供だけで、精肉店で買ってきた豚肉を個人が生で食べることは禁止していない。それは、そんな非常識なことはしないだろうという前提であり、家庭や学校で適切な食品安全の教育が行われることが望まれる」
となっています。記者が「どこで判断するのか」と訊いているにもかかわらず、唐木氏は「事業者の常識になっているかどうか」と答えています。これでは、「事業者の常識になっているかどうかをどこで判断するのか」という質問に返ってしまい、回答になっていません。ここが非常におしい、と考えます。
一方、野田氏も「肉の生食は危険である。」という意見は同じです。しかし、唐木氏とはそこから先が違います。
野田氏の見解は、次の通りです。
--豚の肉やレバーの生食禁止をどう思うか
「業界として実害があるわけではないが、法律での禁止には反対だ。そもそも、豚肉にはE型肝炎ウイルスや寄生虫がいる可能性があり、昔から生で食べなかった。しかし、牛レバーの生食を厚労省が禁止したことで、牛よりも危険な豚をレバ刺しなどで食べるようになった。豚を禁止すれば、豚よりもさらにリスクが高いとみられるジビエ(野生の鳥獣)などの生食が広がりかねない」
とあります。つまり法律による生食禁止を反対する理由は、「豚肉が安全だから」ではなく、「豚を禁止すればさらにリスクが高い生食が広がる可能性があるから」です。一方、豚肉の生食の危険性については、
「豚を生で食べてはいけないことは今でもほとんどの人が知っていることだ。たとえ常識でなくなっているとしても、法律で禁止するのではなく、親はもとより、業界や行政などが地道に啓発することで、常識たらしめる努力をすべきだ。」
と反論しています。
野田氏の意見で残念なのは、このくだりです。
--食べた人が病原性大腸菌に感染した場合、便から2次感染する可能性がある
「ノロウイルスも便から2次感染する。食中毒の原因はいろいろあり、ノロや卵の生食では死亡者も出ている。」
論旨をすりかえてしまっているのですね。豚の生食によって病原性大腸菌に感染したら、被害はその人だけではすみませんよ、という記者の質問を、「別のウィルスだって2次感染する」「卵の生食でも死亡例がある」というかたちで反論しているのです。しかし、これでは記者の質問に答えたことにはなりません。
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さて、ちょっとまとめてみましょう。
唐木氏と野田氏の意見の共通点は、次の通りです。
- (レバーに限らず)肉の生食は危険である。なぜなら、食中毒の可能性があるからである。
- 肉の生食が危険であるということを、もっと啓蒙すべきである。
一方、相違点は次の通りです。
- 唐木氏は「肉の生食が危険であるということは、もはや常識ではなくなってしまった」と考えるのに対し、
野田氏は「肉の生食が危険であるということは常識(誰でも知ってること)だ」と考えていること - 唐木氏は「常識ではなくなった以上、法律で規制するのはやむを得ない」と考えているのに対し、
野田氏は「法律で規制するよりも、常識をきちんと広めることのほうが大事だ」と考えていること - 唐木氏は「ジビエの生食が広まった場合、それも規制せざるを得ない」と考えているのに対し、
野田氏は「ジビエの生食が広がることそのものを懸念している」と考えていること
今回のインタビューは、おふたりを直接討論させたわけではないので、相手の意見に直接反論することができません。しかし少なくとも読者は「ふたりの見解のどこが同じでどこが違うのか」ということを論理的に整理し、理解する必要があります。あとは、この相違点に注目します。実際、常識は存在するのか、常識と法律のどちらを強化すべきなのか、ジビエの生食に対する懸念をどう解決すべきなのか、などなど、ですね。
この論争、まだまだ続きそうです。