紅白歌合戦に見るシニアの活躍と世代交代のこと。
一昨年、2024年の紅白歌合戦を観て、多くの60代が活躍していてぐっと来たのだが、昨年末2025年の紅白では、さらに70歳、あるいは、およそ80歳といった歌い手が続々出てきて、元気に歌い(元気でなければ登場できないのだから、全員元気なのだが)、自分の青春時代を思い出して、懐かしかった。
その一方で、郷ひろみが、「紅白は卒業する、あとは若い人で」と最後のステージとなったそうだし、ああ、世代交代だなと思ったりもした。
TVの視聴者層を考えれば、6-70代をどんどん登場させた方が一時的にはよいのだろうが、TVというものをこれからも持続可能な媒体にするためには、視聴者も育てなければならない。だから、若い歌手は必須になるし、高齢者向けサービスばかりもしていられない。
というわけで、いくつか感じたことを記録しておきたい。あくまでも個人の感想である。(当たり前だ)
●郷ひろみの「70歳でこれを最後にしたい。あとは若い人で」というのは、全方向にカッコいいし、素晴らしい決断だなと思った。「まだ十分声も出ているし、走り回っているし、衣装もかっこいいし」と、周囲が「まだまだ歌えるよ!」」と思う時点で惜しまれつつ、その場を去る、ということ。これ、実はなかなかできるもんじゃない。(政治家なんか見ているとよくわかる。)
でも、自分が輝いている時点で紅白を去るというのは、最後まで「最高のパフォーマンスをした」という残像と共に、人々に記憶される。一番怖いのは「いやあ、もう、歌ダメだね。昔はヒットしたけど」などと記憶されることじゃないだろうか。
だから、カッコいいまま去る。これは、多くのシニアが見習いたいところである。(自分にも言い聞かせている)
そして、郷ひろみが去った枠にどなたか若い歌い手が入れる余地ができる。そうやってまた若い歌い手が育ち、その視聴者が育つ。ほら、全方向に素敵じゃないか。
●世代交代と言えば、運営側も世代交代だったのかなと思った場面が幾多もあった。最初、司会がぐだぐだだなと思ったのだが、そうじゃない。段取り通りに進んでいないところで司会が困惑していたのだ。つなぐべきかどうかの指示もでていなかったのだろう。空白の時間「......」の場面が多かったと思う。また、カメラ前を横切って画面が暗くなる、といった瞬間も複数回あった。これ、想像だが、ベテラン勢から若手勢へと運営の中心を変更したんじゃないかと。
団塊世代がもう55歳という役職定年の年齢になってきた。バブル世代の、働き方改革なんかなかった切った張った世代はもう60歳の定年を超えている。再雇用などで残っていても中心となって動くことはないだろう。どこかで思い切って世代交代をしないと成り立たない。今回の紅白では、それが起こっていたんじゃないか。
その世代交代の際、本来なら伝承というプロセスがあるはずなのだが、教える、教わる。のり代を設けるみたいなことがあまりなかったんじゃないかと想像した。
妄想レベルで言えば、
「3-40代を中心で回せ!」
「ガッテンだ!」
「引継ぎしますよ」
「それ、要らない。文書とかで渡して」
「あとは、現場で若い人たちがなんとかするから」
みたいなことがあって、ベテランの勘や経験、言語化されていない細かなコツ、Tips、技、が伝承されないままだったんじゃないか。
それはそれで、今回のことをきちんとふりかえって、次につなげればいいだけの話なので、失敗とか小さなやらかしが無駄だとは思わない。
世代交代、これはどこの組織でもこれから数年の間に大きく起こる現象である。
その時、何を伝承し、何を伝承しないのか。
誰が誰に何を伝承し、引き継いでいくのか。
年長者は教え上手でなければならないし、
年若い者は、教わり上手である必要がある。
もちろん、全てを伝承し、全てこれまでの積み重ねを踏襲しなければならないわけではない。変えるべきところはどんどん変えればいいし、それは、若い人にしかできないことでもあるだろう。
ただ、「きちんと仕事をする」という日本人らしい"しごと"ぶりをどこまでつないでいけるかは、年長者側の一人として気になるところではある。
どの企業でも世代継承がうまくいくかいかないかで、今後の成長が大きく左右される、、、というのが顕在化し始めるのが今年2026年なのかもしれない。
あ、郷ひろみ。もう一つあった。
ずーっとご機嫌で参加しているのである。満面の笑みで、ずーっと楽しそうに。
愛されシニアだなぁ、と納得。
むかーしの大御所って、なんか気難しい雰囲気を醸し出していたが、今の60代も70代もご機嫌でいるって大事である。これまた見習いたい。