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人材育成の現場で見聞きしたあれやこれやを徒然なるままに。

上司の方便。

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20代の若手ITエンジニアがこんなことを言っていた。


「期待しているよ!」

というセリフは、基本的には、相手のやる気を刺激するのだけれど、使いすぎると逆効果。いつも言っていたら、安っぽくなる。価値が薄れる。だから、「ここ」という時で「期待しているよ」ということが大事で、何度も言ったらだめなんだ。


ほぉ。確かに、何度も「期待しているから」「期待しているよ」と言われたら、最初は嬉しくても、だんだん「ホントにそう思ってるの?」と疑問が湧いてくる可能性はある。

それで思い出したのは、ずいぶん前の上司のことだ。

彼は、何やら難しい仕事が彼のそのまた上から降りてくると、私をアサインして、「これ、やってみる?田中さんの勉強になると思うから」と言うのだった。

最初は、「期待されているんだなぁ」「私の能力向上に関心を持ってくれているんだなぁ」と嬉しく思い、その仕事を担当した。

数か月が過ぎ、ある時、ふと気づいた。

「あ、なんだか、毎回、"田中さんの勉強になるからやってみる?"と言うけれど、よくよく考えたら、その仕事、上司は内容を理解していないんじゃないか? 難しい仕事やメンドクサイ仕事を私にさせるための方便として、"勉強になるからやってみる?"と言っているのではないか?」

そう思ってから、よく観察するようになった。

見ていたら、他のメンバも同じことを言われていた。

「これ、難しい仕事なんだけど、勉強になるからやってみる?」

・・・何か違和感が・・・


ある日判明した。

「勉強になるからやってみる?」

と私たちに任せた仕事の多くを、その上司は全く理解していなかったことを。

「なんだか分からないけど、勉強するのも面倒だから、部下にさせちゃおう」と思っていたようなのだ。

それが分かってからも、たびたび「勉強になるからやってみる?」と言われたのだが、最初のころのような嬉しさは感じることもなく、とても空しい思いがした。

上司は、なぜ、正直に「自分には分からないんだけど、これ、担当してもらえないかなぁ」と言わなかったのだろうか。

小さなプライドが邪魔したのだろうか。

「田中さんの勉強になるからやってみる?」ともったいぶって言うのではなく、
「ごめん!。自分はこの仕事の知識や経験がないので、やってほしいんだけど、頼んでいいかな。自分も勉強はしていくから」と言えばよかったのだ。

「分からないこと」を「分からない」と言うのは勇気がいる。

でも、部下は、「分からないので、代わりに担当してほしい」と言われたからって、上司のことを見下したりはしないと思う。

・・・・・・

「分からないことは分からないという勇気を」

なんだか、悲しい経験を思い出してしまった。。。。しくしく。

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