「ご遠慮ください」とは、果たして敬語なのだろうか。丁寧な表現だろうか。
「ご遠慮ください」。
たとえば、こんな風に使われる。
「この場所での喫煙は、ご遠慮ください。」
「この場所への駐車はくれぐれもご遠慮ください。」
むかーしからこの表現に違和感があった。
まさしく「慇懃無礼」な感じが字面から漂ってくるのだ。
なぜ違和感があるか。
「遠慮する」主体が、「遠慮を求められている側」にあるから、なんである。
でも「遠慮」してほしいのは、この貼り紙を出している側である。
なのに、「私たちが断る」と言わず、「あなたが遠慮しろ」という。
婉曲だからなのか、敬語だか丁寧語だか、なんだか知らないけれど、この表現は、丁寧で「よし」とされている、気がする。
こういう時、なぜもっとストレートに「自分主語」で語らないのか、と思っていた。20代のころからずっと。
「この場所は、禁煙です。」
「この場所は、駐車禁止です」
「禁止している」側に言葉の主体があったほうが「潔い」。
・・・30年もそう考えていたのだが、最近、やはり、「ご遠慮ください」は、他者を尊重している「敬語」では決してないな、と思う経験をした。
あるイベントに申し込んだ時のこと。
その申込みサイトには、申し込み条件に、「人材育成企業はダメ」とは書いてなかったし、Twitterで広く募集もされていたので、堂々と社名も本名を申込みフォームに入力。事務局からの連絡を待った。
3日後。先方から電話がかかってきた。
「●●イベントについて"お問い合わせ"いただき、ありがとうございました」←この時点で少し「ん?」と思った。問い合わせたわけではなく、申し込みだったので。
「それでですね、田中さま。田中さまの所属されていいる会社は・・・上の者と話しましたら、競合ということになりまして」
「ふむふむ」
「それで、今回のイベントは、ご遠慮いただきたいのですが」
・・・むむぅぅぅぅぅぅ。 "なぜここで、遠慮しろ、と言われなければならないのか""断る、と堂々と言えばいいではないか"・・・"なぜ、"わたし"から"遠慮"しなければならないのか・・・。"←心の声。
・・・
「はい、なるほど」
「大変失礼な言い方ですけれど、ご遠慮いただいたほうがよいと上の判断もございまして、ですから、できれば、田中さまには、ご遠慮いただきたいと・・・」
「はい、承知しました。わざわざご連絡いただき、ありがとうございました」
・・・何も文句も言わずに丁寧に電話は切ったのだが、ずっと頭の中に残った、3回も連呼された「ご遠慮いただきたい」というセリフ。
Webで広く参加者を募集しているイベントに、たまたま競合が応募してきた。断るための言い方としての「ご遠慮いただきたい」。
これ、絶対によくない、と私は思った。
「このイベント、お申込みを受けられないんです」
「競合の方はお断りしているんです」
こういう言い方のほうがよっぽど「潔い」。
自分主語だからだ。
これを教訓とし、何かを断る際、「遠慮してください」を今後一生涯使わないと私は決意したのであった。