オルタナティブ・ブログ > 田中淳子の”大人の学び”支援隊! >

人材育成の現場で見聞きしたあれやこれやを徒然なるままに。

「経験学習」のポイント②:「ストレッチ」(背伸び)についての考察

»

「経験学習」シリーズ②。今回は「ストレッチ」について。今回も松尾睦さんの『「経験学習」入門』から少々引用しつつ、私が見聞きした事例を紹介します。

成長するには、「ストレッチ」が必要。ストレッチとは、自分の今持っている知識・スキルを超えたことに挑戦すること。 そうすると、どうしても新しいことを学ばなければならなくなり、新しいことを学び、それを使いながら、難しい課題に取り組んでいくうちに成長していく、ということです。

いま自分が持っている知識やスキルだけでできることしか取り組まなければ、そこで成長は停滞してしまう。

理屈で言えばわかることですね。

松尾さんの本から引用します。

優れたマネージャの特徴の一つは、二十代後半から三十代半ばにかけて本格的なストレッチ経験を積んでいる人が多かった。・・略・・ 二十代の頃は、地道な業務を積み重ねて挑戦のための土台を作り、三十代前後に訪れる挑戦のチャンスを逃さないというパターンが見られました。

ここを読んで思い出すのは、大久保幸夫さん(リクルートワークス研究所)が常々おっしゃっている「筏下りと山登り」のキャリア論です。

20代は、自分に課せられたことをえり好みせず、なんでも取り組んで仕事のチカラをつけていく。どこかに到達することが目的ではなくて、ひたすら激流を筏で下るかのように、押し寄せてくるあれこれを必死にこなしていく。そうやって、徐々に得手不得手、好き嫌いみたいなこともわかってくる。30代になったら、自分が登るべき山を見極め、今度は頂上に向かって一気に上っていく。

「筏下り⇒山登り」という順番でキャリアを作っていくことがいいのだ、といった話です。

松尾さんのストレッチの話もまさにこれだと思いました。20代はその後に大きな挑戦に取り組むための土台作り。その際は、大久保さんがおっしゃっているようにあまりえり好みをするのではなく、仕事の基礎体力を作るフェーズなのでしょう。

そして、30代に何かチャンスが巡ってきたら、その「チャンスの神様の前髪」はつかみ損ねないようにして、挑戦していく。

そこで挑戦する道を選んだ人は、また次にもさらにストレッチが必要な課題がやってくる。

では、どうやってストレッチな経験を積めるチャンスが巡ってくるか。

これには、もちろん、自分がそれを「取りに行く」という姿勢も必要なのだけれど、誰かからストレッチなチャンスを与えられるということもある。

どうやって与えられるのか。インタビュー調査の結果、

目の前の仕事に集中して質の高い仕事をすることにより、他者から信頼され、その結果としてチャレンジングな仕事が与えられるというパターンが多く見られた

と松尾さんは本に書かれています。

これ、「信頼の蓄積理論」ってことだなあ、とふとまた別の理論を思い出しました。自分が何か影響力を行使しようと思ったら、信頼の貯金が必要。当たり前のことを当たり前にこなし、周囲から評価され、信頼され、その信頼をちょっとずつ貯金していって、たくさん貯金がたまったら、いよいよ、その貯金(信頼)を使って、他者に影響力(=リーダーシップともいえる)を発揮できる。信頼の蓄積がないときにいくら他者に何かを訴えても、相手は動いてくれない。つまり、影響力は発揮されない。

これは、ホランダーという人の理論だそうです。

さて、ここまで整理してきて思い出した一つのエピソード。

かれこれ10年ほど前のことだったと思います。ある企業の新入社員向けフォローアップ研修(ちょうど今時分に行うものです。「そろそろ2年目だけど、1年目の総括しておきましょうか」という研修)で、新入社員がこういう話をしてくれました。

「ボクは、学生時代に非常に専門的な研究をしていた。その専門分野に関する仕事がしたくて企業の研究をしたら、うちの会社には、その分野に深く関係するプロジェクトがあることを知った。だから、そこに関わりたいと思い、希望も述べて配属されてみたら、自分が入りたかったプロジェクトとは違うことをすることになった。すごくがっかりした。そして、与えられた仕事は、来る日も来る日も議事録書きだった。

議事録を書くことがメインの仕事のようになって、気分がくさりかけた。でも、すぐ考え直した。とりあえず、今この”議事録を書く”ということが僕に与えられた仕事であれば、まずはこれを一生懸命やろう。裏方仕事かも知れないけれど、地味かも知れないけど、誰よりもちゃんとした議事録を書いてみよう。

そう思って半年経って、つい最近、上司に呼ばれた。

『●●プロジェクトのメンバになってみないか?』

それは、僕が就職する時に関わりたいと思っていたプロジェクトの名前だった。

『もちろん!ぜひ!』と即答し、『どうしてボクに?』と上司に尋ねたら、上司はこう言った。

『君の仕事をずっと見ていた。議事録なんて適当に書く人もいる中で、いつもきちんと書いていたし、毎回工夫して、よりよいものにしようとしていた。ほかの庶務的な仕事でも全部きちんとこなそうと努力しているところをいつも見ていた。こういう人であれば、まだ1年目だけど、●●プロジェクトに入ってもらっても大丈夫だと確信した。よければ、一緒にやってみないか』

ああ、見ている人は見ているし、どんな仕事でもきちんとしていくことが大事なんだなあ、と思った。」

・・・・・ええ話やぁー。

この方、すでに30代半ば、いや、もしかすると、アラフォーかも知れませぬが、今でも活躍なさっているのでしょうね。


もちろん、自分の努力だけではどうにもならない要因というのはゼロではないですが、それでも、もし、「うちでは挑戦的な課題が与えられないし」と嘆きたくなった時、自分は「挑戦的課題が与えられる」ような土台作りはしているのか、という自問自答が必要かもしれません。

=====本日の参考文献は以下の通り=====

Comment(0)