人材論-4:
まず隗より始めよ、という言葉がある。これは「人材が集まらない」と嘆く中国のある君主に対して、隗という食客が「まず私を大臣にしなさい」と進言したという故事から来た言葉だ。自分(隗)程度の人物を厚遇すれば、もっと優れた人材が集まってくる、という意味であり、この進言を容れたその国には多くの優秀な人物が我れ先と集まったという。
中国に例を求めなくても、日本でも織田信長の下で働く武将達は、いつ左遷させられるかという恐怖に怯えながらも、成果を収めれば大抜擢してもらえるという公正さを疑うことは無かった。つまり、君主(経営者)は吝嗇(ケチ)であってはならないのだ。
最近は、(特にIT系の)ベンチャーにおいては、IPOをすることと同じか、それ以上のEXITモデル(協力してくれた投資家に還元する為の方法)として、事業のバイアウトという方法が注目されている。バイアウト(Buy-Out)とは、ある程度成長した事業を大手企業に買ってもらうことだ。IPOよりリターンは小さいかもしれないが、IPOにたどり着く確率よりは間口が広い。また、IPOには数年かかるし、創業メンバーが株を売れば当然下がるから、早く現金を手にするにはバイアウトの方が確実、というわけだ。
つまり、ベンチャービジネスにおける”ゴール”が多様化し、リターンを期待できるヒトが増える。確率が上がれば当然ステークホルダーも増える。
そうすると、これまで多くの優秀な人材が大企業に集まっていた状況に変化が起きる。大企業の中でも競争があるし、その中で勝ち残れるかどうかの確率、そしてその過程で獲得できる生涯賃金を計算してみたとき、ベンチャーに身を投じるリスクとリターンのそれぞれの確率と比較しはじめるわけだ。
とすれば、大企業もしくは大学から、どれだけ多くの「隗」を集められるか、ということになるのだが、「隗」に対してどのくらいの恩賞を与えられるか、約束できるかで、その結果が大きく異なってくる。単なる金額ということではなく、共有できるビジョンとチャンスを経営者が与えられるか、ということが大事なのである。
小さなチャンスで集まる人材は、小さな安定をひきかえに来るが、大きなチャンスで集まる人材は、大きな安定をひきかえにやってくる。すなわち、本当に優秀な人材を招きたければ、それだけのリスクを冒してもいいと思えるリターンを明確に見せる必要があるということである。
その方法は、経営者の「言葉」であったり、ストックオプションなどのプログラムであったり、あるいは明確な権限や高い報酬であったりするが、いずれにしても守られるべき約束である。
僕はこのところ、Web2.0というキーワードによってもたらされる様々な現象の研究に個人的な興味を引かれているのだが、企業と個人の”契約”の在り方も2.0的な変化が現れると思っており、その兆しが誰の目にも明確になるのが2006年であると思っている。