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組織、マネジメントの理論とその実践を、スポーツ・学校を通して考える。

スポーツと体罰・・・1

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高校に勤務し部活動を指導している者として、この問題にしっかり向き合わなければなりません。
現在勤務している高校でも今日、体罰の調査がありました。                                                                                         
「スポーツ界の古い体質」とか言われていますが、これは指導者個人の問題。    
昔の指導者でも体罰を否定していた人はいる。                   
 
私たち指導者は誰のための指導者なのか・・・そこを忘れてはならない。私たちは選手のために存在しているのです。                                                                                                      
立場は違っても同じ人間。お互いリスペクトの気持ちを持って接するべき。                                             
目の前に選手がいるから指導ができる。                       
目の前に相手がいるから試合ができる。                                                              
大好きなサッカーも野球も、相手チームがいてはじめてゲームが成立する。相手がいなければ何もできません。                                                                    
高校野球の試合前の礼は「一生懸命最後までプレーしますから、ゲームをしてください」という意味。試合が終わればノーサイド。敬意をもってプレーする相手は「敵」ではないのです。
その意味では、プロ野球の乱闘ほど醜いものはありません。                                                               
私たちは選手のための指導者・・・・子供がいるから親になれる。生徒がいるから教師でいられる。相手がいるからこそ成立する関係。
教えた事・指導した事を、選手が上手くできなくて同じミスを繰り返す。                                                          
こんなとき「何度言ったらわかるんだ」「何度言ったらできるんだ」と言う指導者がいますが、選手は好きでミスしているのではありません。                                                                     
突き詰めるところは「なぜ上手くプレーできなかったのか」「ミスの原因はどこにあるのか」                                     
前にも書きましたが、褒めるべき・しかるべき対象はあくまでも「プレー」であって「人」ではありません。                                                                                    
それを間違えると体罰につながってしまいます。
「罪を憎んで人を憎まず」と言います。まさにその通り。
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