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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

GoogleのAndroidTVに少しだけキャプテンの幻影が重なる

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今の若い人にかつて1980年代後半から2002年くらいまでの間に存在していた「キャプテンシステム」というサービスの事を知ってる人はそれほどいないかもしれません。というか、知ってる人は若くない?(笑)かもしれません。技術的にはビデオテックスと呼ばれた仕組みで、専用のキャプテン端末をテレビに繋いで使うというスタイル。

かつての「ニューメディア」ブームの中で、ひとつの象徴的なシステムとして位置づけられていましたが、インフラ整備自体の問題、コンテンツの問題、コンテンツ制作の手間とコストの問題、コンテンツプロバイダーの問題、そもそも個人が個人資格で何かすることなど不可能な仕組みであった事など、今でも良く聞くような話も含め数々の問題を解決できず、技術の進歩のなかで最終的に今のWebの仕組みに当初期待していた役割を渡す形で消えていったサービス、と言えるかもしれません。

 

キャプテンの歴史についてはそれぞれで勉強してただければとは思いますが

もちろん今とは時代背景も技術レベルも全く比較になりませんから、単純にAndoroidTVがキャプテンシステムと同じ末路を辿るぜなんて暴論を吐く気は更々ありませんが、私的にちょっと気になるのがハードウェアがある程度固定された場所にあるシステムで、かつある特定のハードウェアの存在に依存するというものがどこまで受け入れられるのかな?っていうところです。

根本的なところではインターネットに繋がる回線が無いと意味が無いわけですが、少なくともこんな機材を使ってみようという人の(おそらく)殆どの人の居場所に何かしらのネットワークがあるとは思います。

次に、じゃぁこれで何が出来るのって言うと・・・ う~ん。まだ今のところは概要しかわかりませんが、インターフェイスの設計とか使い勝手は別にして、例えば基本的にはPCで出来るし、ゲーム機でもインターネット接続が出来るのであればそれなりに同じような事が出来たりはします。そもそもテレビ自体はデカイので持ち歩く事は当然出来ない訳ですが、一家に一台コレだけで何でも出来るなんて言っても複数の人間で画面分割してシェアして使うのは非現実的だったりするわけです。ドラマを見てる横でゴチャゴチャされるのは嫌だし。見る気になってるときにはチャンと見させて欲しい。

デカイテレビは所詮デカイテレビ。

う~ん。
私の発想が貧困なのでしょうけど、これが置かれた自分の家の生活ってのがどうにも想像できません。

 

じゃぁ一人に一台?

確かに最近はテレビにワイヤレスのキーボードとマウスが付いたような形態のPCが増えてきました。住居形態が一人暮らしなのか家族と一緒なのかってのは別にして、いずれにせよ誰かとシェアするのではなく自分のためのPCとして使うモノ、だとは思うんですね。

で、たとえばPCが別にあって、それでなおかつ、これを買う?別にコレじゃなければ見れないコンテンツなんてないだろうし、そんなのがあったところで、それこそキャプテンシステムみたいに閉じた世界向けのコンテンツなんて直ぐに消えちゃうよ、みたいな思いもあるわけです。

う~ん。
私の発想が貧困なのでしょうけど、やっぱりわかりません。

 

技術的な事、そして他人事としてのマーケティングの方向などについてはとても興味があるのですが、自分がコレを欲しいと思うかというと・・・ ま、そんな事を言ってる私のことですから、多分当分様子見なんでしょうね。

でも、一度触ってみたいとは思うですね。とりあえず。で、きっと「わけのわからんリモコンよりも普通のワイヤレスのキーボード付けさせろよ(付くのかな?すいません。勉強不足です)とか文句言いながら。PlayStationとかでのインターネット接続と比較しながら。

 

あ、ここで気が付いた。要はPCとかと比較してみるから発想が貧困なんだと

そうなんです。非常に強い先入観として、PCとテレビがくっついたみたいな理解があるわけです。もちろん訳のわからない全く新しいものが急に出てくることは無いわけで、どんなものでも必ず何かの延長線上にあるはずです。その比較の対象がPCやテレビといった非常に判りやすい、自分が自分で使っているところを容易に想像できるものであるっていうところ。

もちろん、ハードウェアだけじゃなく、コンテンツなどを含めても他の何かと容易に比較できる状態だったりしますから、コレ自体を客観的に見ることはとても難しい。

ふむ。難しい。

う~ん。
私の発想が貧困なのは仕方ないのですが、それでも、本当に、どうなんだろ?

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